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軽井沢バス事故と犀川スキーバス転落事故

軽井沢のバス事故。重体だった一人が意識をとりもどした。素直に喜んではいられないだろう。事故から10日以上意識がなかったのだ。今後全快するかどうかが気になる。後々あの時他の仲間と同じように・・・・と本人や家族が思うことのないよう回復できることを祈るしかない。


あの学生たちも生きていたら今頃家族で楽しいときを過ごしていたかもしれない。
そう考えるとバス事故は多くの人々の人生を狂わしてしまう。

約30年前、1985年1月28日早朝に起きたバス事故・・・・
第一報の朝日新聞1月28日の夕刊
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記事の下段に旅行ツアーの広告が楽しそうに並んでいるのが何ともはかない・・・

そして、1月29日の朝日朝刊
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そしてその後続く新聞記事では・・・・・
今回の軽井沢バス事故と同じように、
バス会社に監査が入り・・・
運転手の過重労働が問われる・・・

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1985年・・・
規制緩和の前からこんなことの繰り返しである。
亡くなった方々は報われないだろう・・・

過酷勤務でも事故が起きる場合と起きない場合がある。
車両故障でも事故が起きる場合と起きない場合がある。
起きない確率が9割以上だろう。
その9割に賭けるバス会社をとりあえず取り締まってほしいと思う。

労務管理がしっかりしていて車両点検が万全でも事故が起きる場合と起きない場合がある。




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軽井沢ツアーバス事故と基準運賃額

基準運賃額を下回る料金での運行
バス会社がツアーを請け負う際、国が定めた基準運賃の範囲内にするように国土交通省は求めています。
これは、安全コストを軽視した過剰な価格競争を抑止するためのもので、2012年に群馬県藤岡市の関越自動車道で起きたバス事故を契機に設けられたものです。
しかし、今回事故を起こしたバス運行会社は、ツアーの運賃を国に届け出た金額の下限を8万円も下回る19万円という安値で請け負っていたようです。
これは、道路運送法違反となります。(第9条の3の2項)
「基準額割れでバス違法運行“ツアー会社から要請”」(2016年1月17日 朝日新聞デジタル)


基準運賃額というものがあるのを知らなかった。
3年前のあの関越道事故以降設けられたようだ。
27万円が下限額なのに19万円と8万円下回って受注していた。
しかも旅行会社からの要請!

他の新聞には、旅行会社が下限額ぎりぎりの27万円でバス会社に受注させたあとバス会社から3割ものコミッションをキックバックさせていた例を掲載していた。
これなら法律にひっかからないということだ!

どんな法律ができようとも自分たちは絶対損はしないし責任はとらない!

派遣添乗員の賃金問題で散々見せつけられてきた旅行会社の体質・・・・

裁判で敗訴し、「みなし労働」と認められなくなってもあれやこれやの手を使って、結局、添乗員の賃金を据え置いた旅行会社。

あきれ返ってしまう・・・・


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軽井沢ツアーバス事故と「運行指示書」

テレビ、新聞で報道されるバス会社の法令違反。
*軽井沢ツアーバス事故の運行会社に20近い法令違反が発覚!
上記のホームページがとても詳しい。

20近く違反があるようだ。
その中で気になる部分をひとつ。

・運行管理者が運転手に渡す「運行指示書」に経路などの必要事項を記入していなかった。

運行=日程というものに対してほとんどのバス会社はこの程度の認識しかしていない。
スキーツアーバスというのは旅行会社が主催した募集型企画旅行だ。
ならば総責任者である旅行会社はバス会社にたいして日程の重要性をしっかりと説明しなければならない。

旅行業約款 旅程管理
第二十五条 当社は、旅行の内容により添乗員その他の者を同行させて第二十三条各号に掲げる業務その他当該募集型企画旅行に付随して当社が必要と認める業務の全部又は一部を行わせることがあります。

旅行会社の添乗員がバスに同乗しない以上、バスドライバーが、上記の約款でいう≪その他の者≫になる。≪その他の者=ドライバー≫が、≪当社が必要と認める業務の全部又は一部≫をおこなわなければならないのだ。
極端な言い方をすれば、ドライバーが添乗員となるのだ。ドライバーが添乗員となり、旅行会社がお客様と約束した旅程を遂行する義務を負うのだ。

 そして、約款の10条で、お客様に渡した日程表を旅行会社の「義務」と明記し、約款13条で、その日程表の内容は、天災地変など・・・とよっぽどのことがないかぎり変更できないとしているのだ。

 バス会社はそのことを踏まえた上で「運行指示書」を運転手に手渡し経路を確認しなければならないだろう。

 もしも、バス会社や運転手が旅行業約款を認識せずに行程を変更した場合、その責任を負うのはバス会社ではなく旅行会社となる。

 いいかげんなバス会社の責任は旅行会社が負う破目になるのだ。

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軽井沢町のスキーツアーバス事故について

15日未明、長野県軽井沢町で乗客39人をのせたスキーバスがガードレールを破って墜落横転した。多数の負傷者と運転手2人を含む14人の尊い命を奪ってしまった。昨日重傷者の一人が治療の甲斐むなしく亡くなり死亡者は合計15人となった。

そして15日以降新聞やテレビはこの事件をトップニュースとして取り上げている。いまだかつてバス事故がこれほど長い期間トップニュースとして扱われたことがあっただろうか?どうしてだろう?

ニュースの中身はどこも似たり寄ったりだ。
同じ写真、同じ仲間たち・・・・そして結論は、
2000年以降、小泉政権下における規制緩和(免許制から許可制に変更)で多くのバス会社が乱立し価格競争をまねき『安全』が置き去りにされてしまった・・・。

ただ、このお決まりの結論になんかすっきりしない思いも・・・
2000年の規制緩和。
免許制から許可制と比較的簡単に新規参入できるようになった。多くの貸切バス会社が設立されその数は免許制だった頃の約2倍へふくらんだ。それにともなって壮絶な値下げ合戦が繰り広げられ値下げに見合う利益を生み出すためにかなり人件費を含むコストダウンをおこなった。結果「安全」というあいまいな基準を自分たちの都合のいいラインで区切ってしまった。
事実だろう!
数多くの業務違反が見つかった。

〈バス会社イーエスピーの法令違反疑い〉
お客様旅程表に明記のないルート
運行指示書に詳細ルート記載なし
法定料金の下限度額を下回る価格設定
到着していないのに目的地到着・業務終了印
確認役社長遅刻により出発前点呼できず
運転手に健康診断受診させず
運転手に適性検査不問
車内シートベルト着用案内せず?

テレビに映るバス会社の社長をみているとこの人確信犯だな!と思えた。悪い人には見えないが石橋を叩いて「安全」に投資しようとまったく考えていなかった。

しかし、今一つスッキリしないのは、それほど「安全性」が脅かされているのに規制緩和後の貸切バスの事故発生率が規制緩和前とたいして変わらないことだ。
データをみると貸切バス会社は2倍とふくれあがったが貸切バスの需要は以前のままだ。
同じ規模のマーケットに2倍へと膨れ上がった大中小の貸切バス会社がしのぎををけずる。
恐ろしき光景だ!
ただ事故発生件数が変わらない!
そのことが引っかかってしまうのだろう・・・・
規制緩和が今回のバス事故の原因?

思い起こせば・・・規制緩和の前からバス会社の労働環境は悪かった!
どこも利益優先主義ならざるおえなかった。
末端の運転手にすばらしい労働環境と高収入を提供するつもりは毛頭なかっただろう。

『安全』とはそれ相当のコストがかかるものだ。
つまり、『安全』はずーっと置き去りにされていた・・・
規制緩和に関係なく『安全』という言葉は置き去りになっていた。
「まあまあうまくやってこいよ」「うまくやってくる奴もいるんだから」という業界全体の風潮のなかで、ドライバーたちはぎりぎりのところで踏みとどまっていた。

もう一つ思うのは、たとえ満足のいく労働環境を整え法令遵守を励行したとしても事故が100%起きないといえないことだ。
車両故障だってありえる。
自分が注意したって相手の車がつっこんでくることだってある。
また、乗務員の体調異変が突然起きるかもしれない。
(実際けっこう起きている。すべての年齢層に)
*http://www.mlit.go.jp/jidosha/anzen/subcontents/data/statistics56.pdf

そう考えていくと、規制緩和を元に戻せば、簡単に「安全」が担保されると言い切れない気がする。

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規制緩和後、ますます運転手の業務がふえたのは確かだ。コスト削減で個性あるサービスで選別化をはかろうとするものだから、本来、安全運転だけに集中していればいい運転手に人数点呼やおもてなし的あいさつやサービスなど不似合なことを強要する。規制緩和後のコンプライアンス重視にともない責任所在を明らかにするため運転手といえども細かな事務処理作業が一段と増加したのだ。
低賃金、重労働のうえにこのような作業まで当然のように付随してくるわけだからそのストレスは半端じゃないだろう。
危機と紙一重の状態で運転しているドライバーは山ほどいるのではないだろうか。

日本の社会同様・・・
リスクの格差がひらいている。
不安とともにギリギリのところで踏みとどまっている者が多数を占める。
富める大手
貧しき中小
貧しき中小の中からまた一人とリスクを現実とする。

2年前の関越道のバス事故もそうだが、このような大事故を起こすバス会社に共通するのは吹けば飛ぶような小さい会社ばかりだ!マーケットの多数を受注しているバス会社ではなく、マーケットの隅で必死にへばりついている小さな零細企業だ。
リスクの格差は「安全」の格差なのである。

「安全」の格差は確実に広がっている。
事故発生件数だけで「安全」の格差はみえてこないだろう。

規制緩和により一番大事な安全へのリスクが高まってしまった。その後、いくらコンプライアンスを説いても無駄だった。コンプライアンスによりタイトになった職場はますますリスクが高まってしまった。だからといって規制緩和前に戻してもダメだろう!本当であれば、規制緩和前の免許制のときに、「安全」を重要視したコンプライアンスをバス会社や旅行会社に順守させ、関越道事故の際、まとめあげたような厳しい規則を励行させるべきだった。

そこへ逆戻りはできない以上、自分の身を守る術を自分で思案するしかないようだ。

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《知らない》と答えるコンダクターは軽蔑され、客に不安を与える?


ツアコンのアルバイトをする梨元さん。
「楽しかった・・・」などと言っているが、今の学生なら『ブラックバイト』と訴ったえるだろう!



楽しかったツアコンのアルバイト

数々のアルバイトの中で、私の興昧を惹き付けたのは『ツアーコンダクター』(ツアコン)、すなわち旅行のガイドさん(添乗員)の仕事だった。ツアコンは、西に飛んだり東に飛んだりするのが仕事だから、行動的な私にはピッタリだったのだろう。おまけに目立ちたがり屋の私は、旗など持ってツアー客を案内したり、説明したりするのが好きだったのであろう。加えて、人間に興昧津々の私は、毎回変わるツアー客に出会うのも楽しみだった。《今度はどんな団体さんかな?》などと考えるとワクワクしたものである。
確かにツアコンは気苦労が多い仕事ではある。バラバラに参加してくる客は、結構わがまま言い放題みたいなところがある。あれが足りないとか、このサービスをしろとか、バスの旅行などではトイレに行きたいから臨時に停車しろという客もいた。休憩や自由行動のときなどには、時間どおりに戻ってこない客もある。
「時にはーそれはないよ」というような、無理難題をツアコンに言ってくる場合もある。そういうときに、真っ正面から向き合って、その場その場で臨機応変に処理していくわけだ。巧く処理して、お客さんに感謝されたりすると、こちらとしてもさらにやりがいが出てくる。
ツアーコンダクターの心得一は、お客さんを不安にさせないことだと先輩に叩き込まれた。

北海道に添乗したことがある。
[梨元、北海道は行ったことがあるか?」と先輩に訊かれた。
「ありません。大いに楽しみです。見るもの聞くものみんな初めてですから、勉強になります。お客さんと一緒に楽しんできま~す」
私は少々ハイになっており、軽薄な調子で先輩に答えた。
「それじゃ困るんだな……」先輩は苦笑した。
[こっちは仕事。お客様に楽しんでもらうんです」
慌てて、私は弁解した。
「北海道が初めてだなんて言ったら困るんだ……。ツアコンというのは、万能じゃなければならないんだ。北海道が初めてだなんていうコンダクターに安心して旅のガイドを任せられると思うか?客の身になったらそうだろうが……。梨元……。絶対学生アルバイトだという顔をしてはいけない。お前は何百回も北海道に来ているベテランコンダクターという顔をしていろ。わかったな」と先董は固く念を押した。

確かに、そういうものかもしれない。
「大いに勉強になります」と、私は素直にうなずいた。その私に先輩はさらに付け加えた。「仮に汽車などで、どちらの側に大雪山が見えますか?ってなことを訊かれたら、たとえ知らなくても悠然と構えて、右側か左側か答えておけ。ゆめゆめ、知らないとか、初めてなもんでわかりません、なんて言ってはいかん。《知らない》と答えるコンダクターは軽蔑され、客に不安を与える。ところが、間違った答えに対しては、客はあまり気にしないものだ。梨元さん慌て者ね。大雪山はこっち側じゃないのよと言われて、それでチョンだ」
なるほどと思った。人生奥が深いと思ったものだ。

ある旅行で部屋割りをしたのだが、それが大失敗だった。私の早とちりで、ある夫婦が離れ離れになってしまった。部屋だけの間違いならともかく、夫婦別々の旅館になってしまったのだ。奥さんから電話があって初めてわかった。
私としても一言もない。せっかくの夫婦水入らずの旅行なのに、部屋どころか、旅館まで別々になってしまったのだ。客が怒るのも無理がない。私は慌てて旦那の旅館に飛んでいって旦那に平身低頭した。
「何も、そんなに謝らなくてもいいよ。私はあなたが、せめて、一晩くらい女房と別々に寝せてあげようという粋な計らいをしてくれたのかと、感謝していたくらいなんですよ。でもやっぱり、女房のところに戻らなければなりませんかな……」
旦那は笑いを浮かべて首を振った。そう言えば、私がお詫びに駆け付けたときは、旦那は、思いがけずに同室になった男性と、大きな笑い声などをあげて、伸び伸びとくつろいでいた。奥さんのところに戻るという私の話で、シュンとしょげてしまった。
この結果がどうなったか古い話なので記憶も薄れたが、夫婦の機微というか、人間とは面白いものだと、自分の失敗を棚に上げて、他人事のように感心したことを覚えている。
私は、人間に対して好奇心があり、目立ちたがり屋で、行動的なのだから、まさにツアーコンダクターという仕事は向いているような気がした。
私が出入りしていた旅行会社の営業所長には随分と目を掛けてもらった。その営業所長にも熱心に入社するように勧誘された。
[君はこの仕事が向いているな。大学を卒業したら本格的にウチの会社に勤める気はないか」
[考えさせてください」私は心が動いた。
しかし、その会社は日本屈指の旅行会社で、全国から優秀な人材が集まってくる。
相談すると、友人たちは「試験はそんなに簡単に受からないぞ」と脅かされた。
ざっくばらんに営業所長にそのことを言うと、営業所長は知恵を授けてくれた。
「ウチの社には地方採用というのがあって、地方の営業所なら面接で採否が決められる。地方で二年くらい勤めたら、本社に引っ張ることができる」
私に目を掛けてくれた所長はやり手の本社のエリート幹部だった。この所長は「俺が本社に引っ張ってやる」と励ましてくれた。
地方の営業所ということなら大宮の営業所だ。地元だし通勤にも便利だ。
「大宮の営業所に君を採用するように。ブッシュしておこう」とまで言ってくれた。
しかし、私には何かためらうものがあった。
アルバイトのないときは、友人宅か雀荘で麻雀に明け暮れていた。大学に入ったとはいうものの『学士』と呼ぶには、あまりにも学問とかけ離れていた。私がこのまま旅行代理店に入ってしまえば、大学卒というには、あまりにお粗末ではないかという、惟促たる思いが湧き上がってくるのであった。それが、旅行会社へ素直に飛び込んでいけない、ためらいとなっていた。


約半世紀前、梨元さんがツアコンとして経験したことは、今も変わらずほとんどの添乗員が経験していることだろう。
ツアーそのものは進化した。
文明の利器を使い昔とは比べようもないくらい情報収集が可能となり、予約・確認がアッという間にしかも正確にできるようになった。
それにもかかわらず、お客様とのトラブルは以前のままだ!
いや、以前より凶暴なモンスターも現れる!!

そして、梨元さんの時代と一番大きな違いは、添乗員にとってモンスターは背後にもいるということだ。
旅行会社という!




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