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お酌と添乗員サービス

 先日、信州の小さな町でおこなわれた友人の結婚式に出席した。
町で唯一と思われるホテルでおこなわれた結婚式だったが、それでも式場選びの競争があるのか、さまざまなパフォーマンスが盛り込まれていた。
新設したのだろう、ホテルの奥の中庭付近には、チャペルが付設され、牧師とも思えない牧師や、数名の聖楽隊まで用意されていた。
牧師からのビデオ撮影の注意から、賛美歌、誓いの言葉、指輪にキッス、再び賛美歌の後は、中庭でのフラワーシャワー、お庭での撮影会と流れるように次々と行事がこなされる。
ほとんどの参加者が、この近くの出身でこの近くに住んでいるのだ。
はっきり言って、方言が強くよく理解できない部分もある。

「さあ、皆さん、手元にあるしおりを開いてください!さあ、みなさん、ご一緒に、歌いましょう!」
牧師の言葉に促されて、この新郎新婦の中高年の親族たちが、チャペルで賛美歌を歌わされる姿は、滑稽としか言いようがなかった。
最後に、「アーメン」などと言ったときには、この人たちが可哀想でならなかった。
中庭には、誰がデザインしたのか、ダビデ像やトレビの泉やギリシア風石柱が取り囲んでいた。たぶん、出入りのインテリアショップか通販で買ったのだろう、ダビデ像も白いペンキが剥がれ落ち、見るも無残な顔色になっていた。

その後、披露宴が始まった。
ベテランの司会者の流れるようなトークのもと、次から次へと行事がこなされていく。
仲人による新郎新婦の紹介から、乾杯の音頭、主賓の挨拶、お色直しなど一般的セレモニーだけではなく、ところどころに、司会者が、「これはハプニングです!」という、新郎新婦やその両親を泣かせる演出、幼少期からのビデオ上映、なれ初めクイズなど。
へんてこなゴンドラに乗ってドライアイスの中から出てきた時は、腰を抜かしそうになった。


周りを見回すと、みな疲れきったように白けている。
学生時代の友人だけが、手を叩いて喜んでいる。

私は、この結婚式があるものに似ているなあと思った。
あるものとは、それは、「ツアー」である。
旅行会社のツアー、特に「格安ツア」ーや「過剰サービスツアー」に似ていると感じた。
 結婚式の司会者はとても話術が達者で、流れるように各パフォーマンスをこなしていくが、それはまるで、添乗員が、ツアーにおいて、次から次へと旅行会社マニュアルに書いてある必遂パーツ(サービス)をお客に提供しているのによく似ているのである。
 無理ともいえるこれだけのパフォーマンスを、司会者も添乗員も優秀だから、手際よく、要領よく、お客様に提供できるのであろう。
普通の人間であれば、どこかでつまずくのではないだろうか?
はっきり言って、つまずいてほしいのだ!つまずいたのなら、「ああ、やっぱりなあ。あたり前だよな」という人間的感情が芽生えるのである。
しかし、優秀(ベテラン)だと、無理なものもうまくまとめ上げてしまう。
けれども、この司会者しかり、心が全く伝わってこないのだ!
感動させるために設けたパフォーマンスでも、時間が押し迫っているので、
「ああ、なんてすばらしいのでしょう!」とか
「なんて家族のすばらしい愛!」とか、
余韻をかみしめる時間がないため、言葉で感動を繋いで、すぐ次のパフォーマンスへと移行しばければならないのだ。

この司会者も新郎新婦の幸せを願っているのだろうけれども、それを考える余裕がない。
添乗員もお客に是非楽しんで帰国していただこうとは思っているが、それを考える余裕がない。
お互い、「このサービスほんとうに必要あるの?」と思いながら、そのサービスを処理している。

結婚式の招待客としての私の感想は、次から次へのパフォーマンスに最初こそついていけるが、時間の経過とともに、目が肥えてくるのか、陳腐なアトラクションに嫌気がさして疲れてくるのである。
これだけ経験のある司会者なら、何が必要で何が不必要なのか、しっかりと選別できると思うのだが、過剰パフォーマンス=マトリョーシカ式サービスに従事する。
司会者も添乗員と同じようにマニュアルで管理されているのかもしれない。
しかし、もうそろそろ、過剰サービスのトラウマから開放されてもいいのではないか。
一つより2つ、2つより3つ、3つより4つ、・・・・・・・・・・
一番安易な発想である。
この発想が一番楽なんだろう。

1000円のバイキングより、650円の定食のほうが美味しいことだってあるのに!
旅行会社は、1000円のバイキングのほうが、お客が集まると思っている。
1000円でバイキングを提供するためには、1品1品のコストを安く抑えなければ成り立たない。
当然、650円の定食より、1品の質が下がるであろう。下がった質をいくら腕のいいコックを雇ったところで限界がある。


この結婚式でもう一つ気になることを発見した。
上記の過剰パフォーマンス=マトリョーシカ式サービスとも関係するのだが、
とにかく、新郎新婦の両親を含め親族が、ビール瓶やお銚子を持って、あちこっちの臨席者に注ぎまわることだ。
どこでもよくおこなわれる儀式かもしれないが、田舎ではより過激である。
新郎の父から新郎のいとこ、新婦の祖父から新婦の兄と次から次と、ビールや酒をごちそうにならなければならない。
私のテーブルに、親子で出席している方がいた。
中学生らしき娘に父親が言った。
「エッちゃんも、大きくなったら、注いで回らんといけないんだから、今から練習だ~」
「したくな~い」
「な~に!これは、女の役目だよ~」
娘は、ポチャッとした赤い顔をさらに膨らませて不満そうであった。
その田舎っぽい娘の名前を確認すると、恵里紗(えりさ)と書かれていた。


実は、女性添乗員でも、酒のお酌が嫌で添乗員を辞めた者が何人もいる。
もちろん、酒のお酌は旅程管理業務でもなければ、添乗業務とは異質のものである。
日程を管理する仕事の範疇に入るものでもないし、ホスピタリティの範疇でもない。
プライドを持ち添乗業務を頑張ってきた女性添乗員にとって、ホステスのような接客は耐えられるものではないであろう。
特に、スチュワーデスやナースなど女性の仕事に対してエッチな偏見を持っている無知な男性も多い。(そういうエッチDVDもレンタルショップに多い。たまに貸りるが、あまりに非現実的で興奮しない!)
そういうことを気にしない女性添乗員もいるが、もしそのような行為がお客から評価されたとしたならば、それは添乗員として評価されたのではなく、ホステスとして評価されたのだと思うべきである。
私は、男性にとって、女性に酒のお酌をさせる行為(特に若い女性)は、最終的には、エッチDVDへと連想させる一脈があるのだと思っている。

海外添乗では、女性にお酌をさせることは、中国、台湾あたり以外はまず考えられないが、日本では往々にして有り得る。特に男性社員の多い社員慰安旅行などでは考えられることである。
そのうち、添乗員を、「オイ、ネエチャン!」などと呼んだり、2次会に誘われたりすることになる。
対策として、旅行会社は、必ず事前に、『添乗員はこういう行為はしません』ということを先方に連絡しておくべきである。

そういえば、旅行会社の中で、率先して、添乗員にお酌をさせているところがある。
海外専門の旅行会社であるが、添乗員は、お客の食事中、テーブルの脇に立ち、飲み物の注文からビール、ワインのお酌など小まめに動き回る。
当然、添乗員は食事しない。
このような行為がどれだけ、現地のルールに反しているか、一度でも海外旅行に行ったことのある者ならわかるであろう。
その旅行会社は、元祖・選民的サービス、「「ワールド航空サービス」である。


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