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ドイツ・ローテンブルグ

 
ドイツの代表的観光地、
ロマンチック街道のローテンブルグは、添乗員にとって、前回記したような添乗員がガイドをしなくてはならない街である。

この街の観光地である所以は、ドイツ中世、神聖ローマ帝国時代の代表的・帝国自由都市が、そのままの姿で現存しているからである。
帝国自由都市の歴史そのものは、13世紀からであるが、その前の10世紀あたりから、皇帝の臣下の貴族が領主としてこの町で築城し、この地方を治めたところから始まる。

なかなかいい街である。
ところどころ崩れかかった城壁に何箇所か設けられ塔門。
細い路地に石畳。
家々のベランダの美しい花々に店入口のかかった中世風鍛鉄製の看板屋号。
深紅色の三角屋根にりっぱな教会や時計台。
こういう中世の建物が実際現存し、今の人家でも何百年の歴史があったりする。




ローテンブルグで一番人の集まる場所は、市庁舎前のマルクト広場である。
その石段に腰をおろし、世界中から来たであろう、楽しそうな老若男女の顔を見ていたら、ある疑問がわいた。

お客に、「帝国自由都市って何ですか?」と聞かれたら、
「領主の支配に対し市民が立ち上がって、領主を追い出して、自由を確立した町が、帝国自由都市です」などと答えていたのだが・・・・・・・・・はたしてそれで正しいのだろうか??

自由、独立、市民、市参事会、自治、権利、このような文句。
また、「都市の空気は自由にする」(Stadtluft macht frei)なんて言葉もよくガイドブックに載っている。
これは、当時いわれていたドイツ慣習法である。

確かに、王様や領主や司教が支配し、年貢や賦役や軍役などの強制に農民は苦しんでいたであろう。
しかし、実際、自治を求めて立ち上がったのは、農民でなく商人だ。
私の目の前の広場が、マルクト広場と呼ばれていることでもわかるように、市参事がいる市庁舎前広場は、商人の市場=マルクト(マーケット)である。

商人たちが、より商売しやすい権利を勝ち取るために、領主を追い出して、自治を求めたのではないか?
定員12名の市参事は、大商人が普通であった。
ローテンブルグも然りである。

帝国自由都市のキャッチフレーズ、自由と独立! 
なんとなく、正義とは縁遠いような気がしてきた。


三井と三菱と住友とトヨタとオリックスとキャノンとソニーと・・・・・・
この方たちだけが国会議員で、自由と独立のために・・・・
「痛みに耐えて・・・!改革なくして、成長なし!」とか言われても。


ただ、領主からの過酷な年貢に苦しんでいた農奴にとって、自由都市に逃げ込むことは、農奴からの解放を意味していたらしい。
今、その帝国自由都市が点在するロマンチック街道に、農奴添乗員が多数押し寄せているのは、何とも皮肉な話しである。



*帝国自由都市は、17世紀の宗教戦争を経て弱体化し、18世紀には、51都市のみとなった。
1806年ナポレオンによる神聖ローマ帝国解体で、帝国自由都市はほとんどなくなった。




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