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歩くこと=金子光晴のジャラン・ジャラン


 詩人・金子光晴は、よく歩いたらしい。
確かに、彼の旅行記を読むと、町じゅうを歩き回っている。
上海では、内山書店の内山完造氏から、「あんたみたいによく歩く人みたことない」といわれたらしい。
パリもほとんど歩いて回っていた。

 文豪・島崎藤村は、なかなか外国になじめなかったようだ。

 金子光晴が『ねむれ巴里』に書いた記述は、たぶん、藤村が滞在したときから現地に住む日本人に聞いた話ではないだろうか。 



『ねむれ巴里』金子光晴著より

・・・日々のくらしの計画は、たえずぐらついていた。
上海の町のすみずみまはてばてまで歩き廻って、内山完造氏から、「あんたみたいによく歩く人みたことない」と呆れられたが、パリでもまたおなじ繰り返しで、誰もゆかないような場末の隅々まで、よくもとおもうほど丹念にあるきまわった。
パリに着いてからもう、半歳になる。南洋の華僑から買った安い靴はおおかた底がすり切れて、あげくの果、底のゴムがめくりあがり、気をつけないとなにかにひっかけて前のめりになったりするので、とりわけ、地下鉄の階段を下りるときが危険であった。

647px-Paris[1]

『エトランゼエ』島崎藤村著より

・・・・・そこへ行くと、町で行き逢う男や女の視線を避けようとするだけでも、私の足は下宿の方へ急いだ。

paris05[1]

『ねむれ巴里』金子光晴著より

・・・・島崎藤村も、旧人でこの市にはなじめないで、窗(窓)から町を眺めただけで、見物もろくにしないで帰りの船を待って帰ってきてしまったというし、・・・・





私は、旅人にとって、「歩くこと」はとても大事だと思う。
歩かないと見えてこないものが多い。

団体ツアーでは、車高の高い大型バス(ハイデッカー)に乗り、ホテルから、移動を繰り返す。
バスの中から見える行きかう人々や建物や自然をみて、旅に出た悦に浸る。
しかも、車高の高いバスのおかげで、かなり高い位置から遠くまで見ることが可能だ。
エアーコンディションで空調も快適だ。

busSilver[1]

しかし、この旅行者が見ている空間と、経過した時間は、日本の自宅で旅チャンネルを見ているのとほとんど相違ない。
フィルターのかかった窓からの風景を、あたかも現実に見ている実像と誤解しているだけである。
確かに、団体ツアーでは、こういう移動が当然であり、個人の自由はほとんど効かない。
ただ、もし、旅チャンネルを見ているのと違う、本当の旅人になりたければ、バスから眺めた風景の中で、自分はその場に立ってみたい!傍で見たい!という感情を抱くことを忘れてはいけない。
旅チャンネルでは、「行ってみたいなあ・・」と思えるが、実際に行くことはなかなか難しい。
しかし、バスの中からなら、ちょっとした合間をみつけて、現地と触れ合うことは可能である。

バスでも電車でもとても立派になった。
そのおかげで、窓ガラスが開閉できなくなった。
これでは、視覚以外、外の景色と交流するものは何もない。
遮光用のスモークが付いていることもあるので、視覚さえもまがい物の可能性が出てくる。
ローカルバス、ローカル電車がいい。
窓ガラスは開閉し、外の風景も温度も湿度も臭いもわかる。


もう一つ、車高の高いのも問題だ。
観光の視点は、低ければ低いほどいい。
いいというのは、有意義という意味である。
バスより、タクシーのほうがよくて、タクシーより自転車のほうがよくて、自転車より徒歩のほうがいい。
白人よりアジア人のほうがよくて、男より女のほうがよくて、大人より子供のほうがいい。
2階のテラスより1階のカフェのほうがよくて、立っている人より、座っている人のほうがよくて、座っているよりしゃがんでいるほうがいい。
政治家や社長よりノンキャリや平社員のほうがよくて、それより肩書きのない者がもっといい。
金持ちより貧乏くさいほうがよくて、中年より若者のほうがいい。
ビジネスクラスよりエコノミークラスがよくて、1等車両より3等車両のほうがいい。


ビジネスクラスに乗ったら、エコノミークラスは全く見えない。意識することさえない。
しかし、エコノミークラスに乗れば、ビジネスクラスはよく見えるのである。

エアコン特等車両に乗れば、2等車両の乗客は全く視線に入らない。
しかし、2等車両の乗客からは、涼しいところで快適にくつろいでいるエアコン特等車両の乗客がよく見えるのである。

日本人観光客を10名ほど乗せた定員50のスーパーハイデッカー・バスが、炎天下の東南アジアの街を走る。
日本人客の耳目には、街中をゆっくりと行きかう人々、多量の車やバスに、微かに聞こえるクラックション、バス停でかったるそうにバスを待つ人々、やしの木の下で寝ている者などが視界を通り過ぎていっているはずである。
その際に、見えてくるものに強い情動は何もないであろう。

一方、日本人観光客を乗せたこのバスを見ている地元の人々にとっては、強い情動がある。
たとえば、窓が開け放され、ギーギーと黒い煙を吐いている路線バスの中で、オシクラマンジュウ状態でいる乗客たちの目には、この日本人の乗ったすばらしきバスが、やるせない嫉妬とともに桃源郷のように映し出されていることだろう。

thai-bus1-202[1]



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