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日本のおもてなし

観光経営学 (よくわかる観光学)観光経営学 (よくわかる観光学)
(2013/10/15)
岡本 伸之

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上記本より

  V14.1 日本のおもてなし

14.1.1茶の湯にみるもてなしの精神
 a.遠慮の配慮
 茶の湯では,亭主が客人に対して殊更に心遣いをみせないことを高く評価する傾向がある.
 客人が茶事の帰り際に茶室の外にある雪隠(トイレ)に入った途端,小雨が降ってきた.すると,亭主は傘を持って雪隠に向かい,中に向かって声をかけることなく,黙って生垣に傘を立てかけ母屋に戻ってきたという.茶人である客人は,このさり気ない気遣いに納得し,感動する.これが茶の湯の心得である.傘を手渡さないのは非合理的で,相手に意図を伝えて傘を手渡せば無駄がないという見方もあるだろう.しかし茶人は合理性よりも,手間をかけてでも「相手に気遣いをさせないための,気遣いをすること」を重視する.例えば亭主が茶碗の絵柄部分が客人の正面に向くように置くのも亭主の配慮であり,客人が絵柄に口をつけるのは失礼にあたると遠慮し,茶碗を回してから口をつけるのも,客人の配慮なのである.このように亭主と客人がともに配慮し合うのが茶の湯におけるもてなしの心遣いといえよう.
・・・
・・・
・・・
14.1.2 西欧のホスピタリティと日本のおもてなし
 a.ホスピタリテイ
『新約聖書』の(ローマ人への手紙)第12章第13節には,「貧しい聖徒を助け,努めて旅人をもてなしなさい」とあり,(ペテロの第一の手紙)第4章第9節には「不平を言わずに.互いにもてなしあいなさい」と記述されている.このように聖書にみる「ホスピタリテイ」には「もてなす」という「行為」そのものが含まれていると考えられる.またホスピタリティという用語は,当初,私的な歓待の意味で使われていたが,次第に金銭による交換を含む業態として使われるようになり,ホテル業をホスピタリティ産業と呼ぶようになった.つまり「ホスピタリテイ」とは行動を伴った概念であり,「招待客を楽しませる」,「歓待する」といった動作を伴う点において,日本語の「もてなし」と類似性が高い.しかし「ホスピタリテイ」には,茶の湯のような「ある決まりごとに基づくもてなし」といった意味は含まれていない.
 b.礼儀作法
 海外に初めて日本文化を紹介した新渡戸稲造は,著書『Bushido:The Soul of Japan』(1899年)の中で,茶の湯は芸術であり,かつ折り目正しい動作をリズムとする詩であるとともに,精神修養の実践方式であると述べている.茶の湯には快適な時間と空間を過ごすための作法や決まりごとが主客双方に課せられているが,茶人は他者を気遣う心も決まりごととして身に付けているため,作法を知らずに型を外した振舞いをした人を軽蔑することはしない.日本人は四季を背景に,最も心のこもった接し方をしようと努めてきた結果,独特の礼儀や作法を生み出し,それらを身に付けた人々の中で品性がもたらされてきたと考えられている.茶の湯に限らず日本には和室での寛ぎ方や食事の仕方などにも様々な決まりごとがあり,それらは他者をもてなすときの配慮として現代にも継承されている.
 ただし,日本におけるもてなしの決まりごととは,単にルール化された約束ごとのみを指すのではない.そこには,日本人ならではの価値観が存在している.

14.1.3 もてなしの決まりごと   
 a.道を究める
 新渡戸は,何事にもそれを為すためには最善の方法があるはずだとし,その最善の方法こそが「最も無駄がなく,最も優美なやり方になる」と考えた.茶道具の扱い方には作法があるが,緩急をつけながらも流れるように身体が運ばれていく動作にはまったく無駄がない.無駄な動きを削ぎ落とし,動作を洗練していく中で「まとまりとしての美しさ」が現れてくるのである.ただし,この洗練された動きを自分のものとするためには,弛まぬ努力と強い意思が求められる.日本人が洗練された美しい動作にこだわる背景には,このようにして身に付けた所作の美しさは「道を究めた者だけが,得られるもの」と考えるからである.日本人は,精神修行を為し終えた強い信念に対し畏敬の念を抱くとともに,美しい所作の中に芸術的価値を見出すことで礼儀を重んじるという特有の価値観を育んできたと考えられる.
 b.洗練された所作
 日本の接客サービスが注目される背景には,相手への配慮に加え日本人特有の価値観に基づく「もてなしの決まりごと」を忠実に行うサービス提供者の意識と接客技術の高さがある.接客現場の責任者は,サービス提供者に対し「心を込めてもてなしなさい」と頻繁に指示を出す.「心をこめる」とは, 全身に神経を行き渡らせて無駄な動きを省きすべての所作を美しく行うことを意味する.
 昔,日本では,器の持ち方ひとつでその人の品性がわかるといわれていた.汁物を入れる器を両手で包み込むように持つのが公家の持ち方,器を横から掴んで片手で持つのが武士,左掌に器をのせ右手を添えるようにして持つのが商人の持ち方である.そして,片手で鷲掴みに持つのが品性のない農民の持ち方とされていた.しかし茶の湯から派生した作法は徐々に一般にも広まり,食事の作法だけではなく和室での立ち居振舞いなどにも影響を及ぼし,日常の決まりごととして暮らしの中で定着してきた.これらの決まりごとが洗練された所作を生み出し,「おもてなし」の原型を形作ってきたと考えられる.
・・・・・
・・・・・

 東京五輪のプレゼンテーションで、滝川クリステルは、日本を「おもてなし」の国とアピールした!
 以前、日本の慣習を批判しフランス的個人主義を絶賛した彼女がである。
 そのプレゼンを聞いて、日本人も「まんざらでもない~」と自己満足したのだろうか、2013年度の流行語大賞を取った。取っただけでなく、その後いろんな場面で、「おもてなし」という文句を聞くようになった。 

 以上の文章を読んでみると、
 滝川クリステル他、わざとらしいジェスチャーとともにこれみよがしに使った≪「お・も・て・な・し」≫という言葉、まったく本来の意味と違うのではないだろうか!

スポニチより
「お・も・て・な・し」は、2020年五輪招致の最終プレゼンテーションでフリーアナウンサーの滝川クリステル(36)が発した言葉。流ちょうなフランス語でプレゼンした滝川が唯一使った日本語で、見返りを求めない日本人特有の奉仕精神だと説明し、左手でジェスチャーを交え「お・も・て・な・し」と発音。東京招致実現に大きく貢献した。



・・・・見返りを求めない日本人特有の奉仕精神・・・・・・

 だけでは、「おもてなし」ではない。
 主客一体の決まりごとなのだ!

 となると、今の日本のどこに「おもてなし」があるのだろうか?
 (見返りを求めない奉仕精神を見かけることすらなくなった!)
 茶道教室や生け花教室には確かに「おもてなし」はあるだろうが・・・・

 滝川クリスタルが過剰に宣伝した「お・も・て・な・し」、
 それははっきりいって、『日本人特有の奉仕精神』ではなく、万国共通の宗教観!グローバルスタンダードな『ホスピタリティ』!でしかないということだ。それを『日本人特有』などといってちょろまかしてしまった!
 
 だから、どこの国でも、当然のごとく、「お・も・て・な・し」に出会うだろうし、日本でも、不親切に出会って嫌な思いをする。


 

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