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長崎県佐世保市で発生した猟奇殺人事件

長崎県佐世保市で発生した猟奇殺人事件

高校1年生になったばかり女の子が同級生を殺した。
それも、仲の良い友達を計画的に誘い出し、鈍器で背後から殴り首を絞めて殺したという。
死後、頭と手首を切断し、腹を裂き内臓を取り出すなどの陵辱行為までおこなった。

身柄を確保された後、素直に犯行を認め取り乱すことも反省することもない。
3食の食事もきちっと平らげ睡眠もしっかり取る。

誰もが今回とよく似た事件として、1997年に起きた酒鬼薔薇聖斗こと「少年A」の事件を思い出すはずだ。
小動物、猫の解体・・・
弱いもの、身近なもの・・・
最終的、猟奇的殺人を行い捕まったあと冷静だった。

男と女の違いはあるが・・・・
佐世保の女子高生は、男性のようないでたちで過ごし自分のことを「僕」といっていた。
「少年A」は殺しと同時に射精した。
この女子高校生はどうだったのだろうか?

「少年A」は、殺害する前に自分だけの神様を創造しその神の命令として実行していた。
*酒鬼薔薇聖斗と山地悠紀夫

『・・・・彼は自分の異常性に気づいて苦しみ、心の中に「バモイドオキ神」という守護神をつくって拠り所とした。・・・・』



もし、「少年A」と同じだとすれば、今後、すごい虚脱感で廃人のようになってしまうのではないか。
つきものが取れたように・・・・
のちのち更生できた場合、本人の罪悪感は半端ではないだろう!
「少年A」のように・・・


わたしは、佐世保の女子高校生が被害者の腹を裂き・・・・の記事をよんで、
鈴木いづみが書いたエッセイをおもいだした。
作家・五木寛之氏が絶賛したエッセイ。

そのなかの一文にこう書かれていた。

 長年つきあっているボーイ・フレンドに「ひとが殺したい」というはなしをした。「殺す当人に苦痛をあたえないように、すばやくナタかなんかで、頭からスパンとふたつに割るわけよ。それで、内部をしらべるの。腸なんか、表面がつやつやひかってぐにゃっとしてるでしょ。あの感触を手であじわいたいわけ」


 モデルであり作家でもある鈴木いづみはこう言っていたが、結局、1986年、自分の小さな子供の前で首をつって自殺してしまった。36歳だった。

鈴木いづみコレクション〈5〉 エッセイ集(1) いつだってティータイム鈴木いづみコレクション〈5〉 エッセイ集(1) いつだってティータイム
(1996/12)
鈴木 いづみ

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 ・・・・・
 自分が死ぬことは、すごくこわい、と他人に告げる。それは、自分の死に無感動ではないだろうか、とかんがえるのがおそろしいからだ。わたしは「死」にめぐりあった経験がすくない。
 小学校のとき、祖父が死んだ。ある朝おきてみたら老衰死していたのだ。そのとき、なにも感じなかった。鶏小屋があって、父親がニワトリの首を切ったこともおぼえている。頭のなくなったニワトリは、そこから血を噴出させながら二、三歩あるいてたおれた。わたしはそれをみてわらった。切りおとされたニワトリの脚をひろって、なかのすじをひっぱってあそんだ。そうすると脚の指がのびたりちぢんだりするのがおかしいからだ。
 ある女性は肉屋のまえをとおるのがこわい、といった。子供のころニワトリが殺されるのをみたことがあるからだ、と。羽をむしられてさかさのつるされた鶏をみたら、きっと気絶するだろう、ともいった。「だから、わたし、いまでも鶏肉ってたべられないのよ。あんただってそういう場面を子供のころみたら、あたしみたいになるから」
 みたことあるよ、とわたしはこたえた。でも、ちっともこわくないし、いまでもこわくない。あんなの、どうってことないじゃない。わたしは鶏肉がいちばんすきだわ。もっとも、つわりのときはたべられなかったけど。
 その女性は、わたしを人間でないものをみるような目でながめた。それをみて、こういうことは口にだすべきではないのだな、とさとった。
 子供のときに指をけがしたはなしを、そのときしなくてよかった。いまになってみると痛みなど、まるでおぼえていない。キャラメルをつつんであったセロハンをコップのようにしてそのなかに自分の指からながれだす血をためた。べつのときは陶器の白い皿に自分の手からながれる血をためていたことがある。それは、しいていえば、解剖学興味からであった。
 長年つきあっているボーイ・フレンドに「ひとが殺したい」というはなしをした。「殺す当人に苦痛をあたえないように、すばやくナタかなんかで、頭からスパンとふたつに割るわけよ。それで、内部をしらべるの。腸なんか、表面がつやつやひかってぐにゃっとしてるでしょ。あの感触を手であじわいたいわけ」
「自分が権力をもっていて、だれでも自由に死刑にできるってのはどう?」と彼はたずねた。
「そんあの、いやよ。合法的にひとを殺すって、いやだわ。だから戦争っていやなの。やっぱり殺人は非合法的で悪いことでなくちゃ」
 ふうん、と彼はうなずく。わたしは調子にのってつづけた。「そいで、殺すんなら、男より女のほうがいい。だって、男ってからだかたいでしょ。すぐに骨にぶつかって、おもしろみがない」
 まったく無責任だ。こんなことをしゃべってもいいのだろうか。彼はしばしかんがえて「いづみはサディストではない。非常に子供っぽいのだ」と結論した。
「でも、やっぱりこわいのはね、自分が気がつかないうちに法を犯すんじゃないかってことね。そのさいちゅうに意識しているんだったら、いいんだけど、無意識のうちになにかとんでもないことをやらかして、ある日気がついたら監獄のなかにいるんだわ」
「それで裁判がはじまったら、カフカだな」
「裁かれるってのもおそろしいけど、そうではなくて、夢遊病みたいな状態で他人を殺したり傷つけたりするのは、すごくおそろしいのよね。意識していても、そのときそれについてなんの感情もなかったりするのも、こわいの。トンボの羽や脚をむしるみたいに、他人を傷つけるのが」
カフカ的状況というのはたしかに恐怖をよびおこすが、それ以前に自分が人間的といわれる感情をもっていない、そのときの状態のほうがよりおそろしい。カフカというひとは、内心ではなまけもので、ほんとうは芋虫になって毎日寝ていたい、とおもったんじゃなかろうか、ともかんがえたりする。べつにある朝虫になっていてもすこしもかまわないのだか、それにつれて感情も芋虫的なってしまうとしたら、これはどうしても避けたい事態である。
 わたしがこんなふうにいろいろのことをこわがるのは、感情のエア・ポケットのようなあの状態がながくつづくのではないか、と想像してしまうからだ。
・・・・・・・・




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