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旅が教えてくれたもの



ホテルアジアの眠れない夜 (講談社文庫)ホテルアジアの眠れない夜 (講談社文庫)
(1994/06)
蔵前 仁一

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あとがき より
・・・・・・・・
●「インド病」という相対化
 僕はそのインドでの体験を本にまとめるに当たって、インドに夢中になってしまうことを「インド病」と書いた。これは僕が作った言葉ではなく、インド好きの旅行者がよくいう言葉だ。
 だが、本当はこの病気は、何もインドを旅したときにだけかかるとは限らない。ある人は中国でかかってしまうだろうし、アフリカでかかってしまうかもしれない。その場所ごとに「中国病」とか「アフリカ病」とか名前が変わるかもしれないが、本質的には同じものなのだ。
 僕がインドで味わった体験には、日本を出て生まれて初めて知った強烈さがあった。何もかも日本と違うように感じたからだ。それまでずっと日本で暮らしていて、それで充分満ち足りていたので、日本の生活をごく当り前のように感じていた。だいたい 「生活」とはそのようなものだ。いちいち自分の「日常」に異常さを感じていたら、暮らしていくことはできない。
 ところがインドに行って、その日常感覚がいっペんにぶっとんだ。あまりにも何もかもが違う(ように感じた)世界を知ると、日本とインドを比較しないわけにはいかなくなり、あげくの果てにはどっちがマトモなのかわからなくなってきたのだ。それで、何かにつけて、「インドじや、そうじやなかった」だの「インドでもそうだった」だの口走るので、周囲のひんしゅくを買うことになってしまった。僕はこれを「インド病」と呼んだ。
 しかしこれはごく当然のことであった。初めて日本とは違う世界のあることを知ったのだから、もう日本を絶対的に正しいと思うことなどできなくなったのだ。日本がどのように存在し、日本人がどのように暮らしているのかということが、インドを旅してわかってきたのだ。よく「洋行帰り」が「おフランスでは、そんなことは御座居ませんことよ」とのたまってバカにされるという笑い話があるが、僕は自分が「インド病」にかかって初めてこの気持ちを理解することができた。
 だからといって、すべてインドやおフランスが正しいといっているのでは無論ない。そのどちらもが相対的なもので、絶対的に「正しい」ということなどありはしないのだ。

●「正しい」とはなんなのか
 そのような訳で、僕は一度「正しさ」というものをなくしてしまった。これはなくしてしきうとわかるが、かなり居心地の悪いものでもあり、気楽なものでもある。僕が学生だった頃は、よい成績を取るのが「正しい」ことだった。いうまでもなく、これは今の僕にすれば「クソ」である。なんの役にも立たない。なぜなら成績がいいか悪いかが問題になるのは、学校という特殊な世界の中だけであり、生活していくには、そんなもの単なる「飾り物」にしかならない(にもならない、ともいえる)。こんなことは何もインドくんだりまで行かなくても、学校を卒業すれば誰にでもわかることだ。成績の悪いのを気にするなんてのは、実をいえば人並から外れるという不安感の方が大きかったためだ。しかし「人並」なんていう「標準」も「正しさ」も、本当はこの世にはない(「勉強」するのはもちろん無駄ではない。もしその人が受験のためでなく、楽しんで学んでいればだが)。
「正しさ」なんてものは決して一様ではない。あれが正しいという人もいれば、それは間違っているという人もいる。そのどっちが正しいのか、なんて人に聞いても答えは出ない。自分にとっての「正しい」ことを自分で捜すしか手はないのだ。つまりそれこそが、自分自身であるということに僕は気づいたのだった。

●旅が教えてくれたもの
 結局、旅はインドのことでもなく、中国のことでもなく「自分自身のこと」を教えてくれた。そしてそれは、自分の住む日本のこと、友人のこと、家族のこと、つまり「社会」 の有り様でもあった。
「世界」にはいいことばかりではないが、いろいろな人が暮し、様々な価値観がある。世界を旅して、そこで生きるということは、その多様さを認め、尊重していくことでもある。それは翻って、日本で生活していく場合にも当てはまることではないかと思う。本当にいろいろな暮しや生き方がある。それだからこそ、世界はおもしろいし素晴らしい。
  旅は、僕にそのようなことをずっと伝え続けてきた。
  旅に出たい。僕はいつもそのことばかりを思い続けている。それはおそらく、自分自身を見失わないためなのかもしれない。



添乗員にとって大事なことは、日本と訪問国の「正しさ」をよく認識し、そのバランスをうまくとることだろう。

「日本では・・かもしれませんが、こちらでは・・・ですね」
「こちらでは・・かもしれませんが、日本のほうがいいかもしれませんね」
と、両者の「正しさ」=価値観を客観的に提供するのは、けっこうむずかしい。
どちらかに、偏った添乗員やガイドとよく遭遇する。
そのたびに、我をふり返るようにしている。



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