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マスコミの教育的機能と世論調査の関係

 「マスコミと世論調査はひとつのユニット商品である」ことは、社会心理学で常識だったようだ。
 じつはマスコミの「ゆとり教育」を知らないうちに受講させられている私たちが、世論調査という定期テストに毎度のぞまされていた。その結果しだいでは、『学習支援キャンペーン』『まだ間にあう!短期集中で目標達成!』と・・・・再度受講が待っている・・・結果がともなうまで。
 というと、世論調査とは、『マスコミの大意=意図』と言い換えることができるのかもしれない。

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大宮 録郎

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 世論の心理

 世論の成り立ち
 行動の構え、準備態勢を態度という。この態度が言語的に表現されたのが意見であるが、世論(public opinion)とは、集団全体に関係のある事項について、その成員の大部分がもつ意見であるということができる。この定義に見られるように、集団の成員が、ある事項についてなんらかの意見をもつには、まず、その事項について、ある程度の知識をもっていなけれはならない。つまり世論は、ある事項を大衆に周知徹底させるマス・コミの報道的機能、またときには、そこからさらに進んでどのように考え、行動すべきかを指示するマス・コミの教育的機能をその前提としているのである。
 しかし世論は、後に述べる世論調査の実施方法とも関連するが、提示された問題についての認知的側面であって、動機的側面ではなく、また、賛成、反対という明白な形をとりやすいことから、必ずしも行動に直結するとは限らない。とりわけ問題が価値観念を含んだり、鋭敏的なものにかかわるときは、それが顕著であり、いわゆるタテマエとホンネは別である、ということを知らされるのである。
 世論ということばは、ルソーによってはじめて用いられたといわれている。それはもともと、封建制や君主制が崩壊し、近代のデモクラシーが台頭してきたとき、封建的な勢力や君主に対する批判の声として、いわば自然発生的に生まれてきたものである。よく″世論を喚起する″ということがいわれるが、このことばに示されるように、世論の形成過程において、集団内の支配層が、一方的に情報を流し、自分たちに有利な世論を導き出そうとすることがある。しかし、世論誕生の歴史的事情からすれば、この下向型の世論は、正しい意味での世論とはいえず、上向型の世論あるいは特定のイデオロギーや政治的な立場から、構に広がる水平型の世論こそ、真の世論というべきかもしれない。
 
 世論は根本的には個々の人間の反応から成り立っている。それが一つのまとまりをもってくるのが、世論の結晶化である。しかし、世論の結晶化には、それがどれほどまでまとめられ、一定の方向に向けられたにしても、おのずから限度がある。
ことに集団が大きくなり、その内部に利害関係を異にするいくつかの下位集団が含まれている場合は、そのそれぞれが独自の社会的基準をもつようになるので、ただ一つの標準的な意見を、全成員が承認するということはあり得なくなる。そうして、たとえ一時的にカの関係で一つの世論が形成されたにしても、それは決して持続的なものとはならない。
 もちろんそのような場合は、成員間の相互交渉をとおして結晶化が試みられ、世論が作りあげられるべきであるが、それも小規模な、比較的等質的な集団においてのみ可能なことであり、大規模な、非等質的な集団では、カと権謀術数とによって、多くの成員にはほとんど無関係に、ごく一部の成員の手によって世論が形成され、それが一般の成員に押しっけられるのである。
したがってその結果は、成員の多くが、他の成員とともに行動し、そこに強い強制力を感じているときと、ただひとりで行動し、集団の圧力から解放されていると感じているときとでは、まったく異なった意見や態度、ひいては行動を示すようなことにもなるのである。

 世論が意見であるからには、それは公式に表明されたものとして、顕在的な形で理解されるべきである。しかし、集団の成員が、あることがらについて、なんらかの態度や意見をもっていても、それを公式に表明する手段を欠いていたり、あるカによって禁止されていたり、または、それを表明できるような客観的情勢にない場合は、その態度や意見は、潜在的な姿のままでとどまっている。これが潜在的世論である。しかもそれでもなお、その世論は、顕在的世論に劣らぬほどの強さで暗々裡に人の行動を規定し、また情勢の変化によっては、ただちに顕在化してくるのである。とくに、カによる世論の顕在化の抑制、禁止が、潜在的世論の影響力の強さと、顕在的世論の瓦解の速さを教えている例は、決して少なくない。

 世論の機能
 通常、世論は政治の領域の問題として扱われやすいが、それが作用するのは政治の領域だけでなく、広く経済、教育、道徳、風俗など、日常生活のあらゆる領域に及んでいる。それならば、これらの諸領域において、世論はどのような機能を果たすのであろうか。
 この世論が果たす機能は、大別すれば、規範的機能と支持的機能の二つになる。規範的機能とは、一定の事態のもとでどのように考え、行動すべきかを人に指示し、あるいは強制するはたらきである。支持的機能とは、その人がどのように考え、行動すべきかを定めるにあたって、一つの基準を与え、またそれに従って行動するのを外部から支援するはたらきである。
 たとえば、このようなことをしたならば、世間のもの笑いのたねになるだろうと考えて、ある行為を慎んだり、あるいは実際にそれを行って、周囲から手きびしい批判を受けたとすれば、それは世論の規範的機能によるのである。また、あることを行うにあたって、それに対して多少の心苦しさや不安の念をいだいているとき、他の人びともそれには同情的な立場をとってくれるだろうと考えたり、あるいはそれを実際に行ったところ、人びとの賛同し、激励する声が聞かれたとすれば、それは世論の支持的機能によるといえよう。
 しかし、これらの世論の機能は、それが形成された集団の規模によって、その及ぼすカの強さが異なる。概括的にいって、集団の規模が小さければ小さいほど、そのカは強く、集団の規模が大きくなるにつれて、それは弱くなる。それは前にも述べたように、集団が大きくなれば、おのずから集団の非等質性が増し、成員間に完全な意見の一致を見なくなり、世論の存在そのものに対してさえ、疑念がもたれるようになるからである。
 そこで、世論が十分にその機能を発揮するためには、集団の成員が、自己の属する集団に対して、真に自分の集団であるという意識をもつことによって、そこに形成された世論が他からの押しつけでなく、これこそまさに、自分たち自身の本当の声であるというようにならなければならない。
 
 人の態度や意見は、必ずしも実際の行動を決定しはしない。なぜならば、態度や意見は、しばしば現実の事態から遊離して形成されたり、または、現実の事態をただ抽象的、観念的にとらえ、そのうえに立って形成されたりするので、いざ実際の行動に移ろうとすると、それまでは予想もしなかった現実の場面からの制約を、数多く受けるようになるからである。
 しかしながら、一方では人びとが共有する態度なり、意見なりが、その行動を予想させる場合も多々ある。そうしてこの事実を見出すことから、心理学者や社会学着たちが、世論調査の実施や態度の測定に多大の関心を寄せることになったのである。といって、世論調査の結果は、もしそれが慎重な配慮のもとで行われなければ、当然、行動の予測を誤らせることになる。つまり、世論調査を実施するにあたっては、見本集団の構成、調査項目の選定、質問の作製およびその配列などについて、十分な注意をはらわなければならない。
 これらのうち、見本集団の構成については、それが真に母集団を代表するように梼成するには、相当の手数を必要とするが、世論調査実施にあたっての常識として、その点で誤りをおかすことは少ない。これに対して、調査項目の選定その他の点については、案外それらがいい加減に扱われていることが多く、ときには、期待する回答を引き出すために、意図的に質問を作製することすらある。たとえば、軍備についての調査は、イデオロギーもからむことがあってむずかしいが、よくいわれるように、〃大砲かバターか〃論、″戸締まり論〃、いずれかの問いかけ方によって、答えはおおよそ予想されてくる。
 かつて国立世論調査所で行った次のような示唆的な調査例がある。それは同一の被調査群に対して、

  A男女同権になると、家庭の秩序がなくなる。たとえば、どんな立派な民主的軍隊でも、兵隊ばかりでできているものではなく、命令を下す人がいなければならない。それと同じように、家庭内でも、夫がすべてを指図し、妻は指導を受けるペきだ。
  B現在の日本の家庭では、まだ夫に絶対の権利がある。日本を民主化するためには、誰でも他人の意見をおさえてはならない。だから、家庭を幸福にするためには、主婦の地位が夫と同じになって、家庭のことは、すべて夫と妻とがいろいろと話し合ってやらなければならない。

 のように、夫婦の人間関係について、表現形式を変えて、質問への賛否を問うのである。その結果は                        .
 A 賛成62.3% 不賛成31.0% わからない6.7%   
 B 賛成93.0% 不賛成2.1% わからない4.9% 
であった。いうまでもないことであるが、Aの賛成ほBの不賛成に、Aの不賛成はBの賛成にほぼ当たると考えてよい。しかし、結果はまさにこのとおりである。これは、同じことを問うにしても、質問作製の際の表現の仕方によって、調査結果が著しくちがってくることをを教えるよい例であるが、あいまいな表現や、表現形式から生じる暗示効果については、とくに留意する必要がある。
 はじめにも述べたように、世論はマス・コミの報道的機能をその前提とする。そこで、それが不十分な状態で、被調査者の側からすれば質問に答えるのに必要な知識をもち合わせてない状態で、世論調査が一方的に試みられれば、被調査者は″わからない″とか、″どちらともいえない″と答えるか、あるいは、適当な答えをするほかない。その際、適当な答えは、シェリフの集団効果の実験例に見たように、集団の基準的な意見と見なされるものであったり、マス・コミの報道的機能よりもむしろ、教育的機能によって、与えられたものである場合がかなり多い。そうしてここにも世論調査を実施するにあたっての慎重さと、またその結果を無批判的に受け入れない注意とが望まれるのである



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