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ナチズムの支持者とは・・・

テレビのアナウンサーが軽い調子で、「国防軍」「憲法改正」「自主憲法制定」とか読み上げている。
とても不思議でならない。ちょっと前なら口にするのも大変な勇気が必要だった言葉ではないだろうか?あちこちで起きている「・・・容疑者の女が・・・・」という殺人のニュースより軽い問題のように取り扱われている。
これ、大変な問題ではないだろうか?

以前私は、韓国、中国、台湾、東南アジアの国々で次のような言を云われたことがある。
「日本人というのは、ひとりひとりとてもいい人が多いです。けれど、有事のときには、かならず、団結します」
「そんなことあるかなあ。今の日本人は、皆、バラバラだよ。戦争なんてコリゴリと思っているはずだよ」
「それは違います!日本人はかならず一つになります!かならず!だから、怖いんです!」

そのときは、この人たちは、前の大戦の被害者だから過敏に反応するのかなあ、と思っていたが、今日の現状をみるとまんざら嘘とばかりは言ってられない。

もしかしたら我々日本人が、日本人をよく知らないのではないだろうか?
過去を振り返ってみると、いつのまにか大衆にながされて知らないうちにバンザイをしている国民ではないか?
村八分が嫌だから、つい相槌をうっちゃう国民ではないか?
大嫌いな人に話しかけられて、つい微笑んじゃう国民ではないのか?
多数決以上の結束力!それが「一億総ざんげ」の日本人ではないだろうか。

私自身を含めこのような日本人が、憲法を改正し武器を持ったらどうなっちゃうんだろうか?
戦後の日本のようにいい方向で一つに団結すれば良いのだが・・・・
恣意的に「攻撃性」で団結させられることのないよう祈るしかない。

『はじめて学ぶ社会心理学』大宮録郎著より 

フロムは、この社会的性格が新しい条件のもとで、どのようにゆがめられるかを、具体的に次のように説明している。ドイツの下層中産階級の人びと~小商工業者、サラリーマン、職人など~をナチズムの支持者にさせ、ユダヤ人の排斥や戦争協力に走らせたのは、倹約、慎重、猜疑心、強者へのあこがれ、弱者への軽蔑などをその社会的性格としていた彼らが、資本主義が高度化するにつれて、その偏狭な自己中心的な努力を個人間の自由競争に向ける余地がなくなり、それを国家的な競争に転化し、また、経済上の困難から生じる欲求不満を、攻撃性に転化したためであるというのである。


 スポーツ、領土問題・・・格好の欲求不満の転化材料だ。


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