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デジャ・ヴュ(既視)とジャメ・ヴュ(未視)

“旅に行こう”と思う。

旅先の下調べを一生懸命する者がいる。
訪問先の歴史を一生懸命勉強して見落としのないよう余念がない。テレビや写真で見たあの構図を絶対に自分のカメラに収めたい。食事だって名物といわれているモノをチェックする。

また、逆の者もいる。
まったく下調べなどしない。どこが観光地なのかどんな歴史があるのかまったくわからない。その国が地球儀のどこにあるのか?もわからない者もいる。

はたしてどちらがいいのか?

充分下準備をしていった者はとても合理的に満足するかもしれない。
ただ、つねに、観光地において、予備知識の原因と結果を求めるかもしれない。感動は知識の結果かもしれない。だから、純粋な驚きや感動からはちょっと程遠いだろう。それでも、何度も訪問できない多くの観光者にとっては、それで充分なのかもしれない。

それに比べて、無知な観光者は、知識のない分、今目の前に存在する対象にのみ情が動かされる。その感動はとても純粋である。「旅する」ということに連動しながら感動が増幅されるだろう。その感動は、その後の記憶に深く残っていくものだろう。ただ、観光名所の大事な部分を見落としたり、疑問を抱えたまま帰還することになったりする。

ヨーロッパの不思議な町 (ちくま文庫)ヨーロッパの不思議な町 (ちくま文庫)
(1996/04)
巌谷 国士

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著名なエッセイを数々残している仏文学者の巌谷國士著『ヨーロッパの不思議な町』の巻末のあとがきより

四方田犬彦氏記

・・・・・・・
 トラヴェル・エッセイは現在、巷に氾濫している。しかし、実をいえば、今日ほどにそれを執筆することが困難な時代もない。理由は簡単である。旅という旅があらかじめパック化され、ガイドブックによって徹底的にコード化されているからだ。旅行者はメディアとトゥーリズムによって、旅立つ前から実に多くの情報を詰め込まれている。世界にはもはや未踏の地など存在しない。すべてはあらかじめ調べ尽くされ、規格化され、商品化されている。求められているゲームの規則とは、それを追認し、スタンプラリーを続けることでしかない。この世の外ならどこへでも! とボードレールが虚空に大きく手を振り上げてみせた時代は、もはやノスタルジアの域に入ってしまった。現在の旅行者は今ではどこへ足を向けようとも、既知の宇宙の外側に躍り出ることができず、またそれを当然のことのように考えるようになっている。
 『ヨーロッパの不思議な町』がそのなかで異彩を放っているように思われるのは、著者が未知なるものと既知なるものをめぐって、形而上学的ともいうべき認識を抱いているためである。ユートピアについて長らく思考してきた著者は、そもそもが「どこにもありえない場所」と定義されてきたユートピアが、今日の社会では、地上のいたるところで見かけてしまうことになる、退屈で、凡庸で、管理化された光景となりはててしまったことに、ある苦い悔恨を感じている。それでは、にもかかわらず場所の移動は、どのようにすれば心ときめく体験となるのだろうか。デジャ・ヴュ(既視)とジャメ・ヴュ(未視)をめぐって、認識の組み替えがなされなければならないのだ。
 たとえばイタリアのベルガモで丘の上からサンタ・マリア・マジョーレ教会を垣間見て、戦慄に近い思いを感じた著者は、こうも書きつける。
 「この驚くべき皮膚感覚はだがはじめてのものではなく、再認であり、蘇生・復活であるような気がする。近代の意匠におおわれているチッタ・バッサの町角におりたったときすでに、私はこの体験を予感していたようにも思う。
 マントヴァでもルッカでもパルマでもそういうことがあった。これは何だろうか。よくわからない。」
 はじめて接するものが、かつてどこかで見たもののように感じられる。やがて彼はこの不思議な感覚の根底に、ジョルジョ・デ・キリコの記憶が横たわっていることに気がつく。けれども、彼はここでいささかも研究家としての薀蓄(うんちく)をひけらかすわけではない。キリコはきっかけにすぎない。大切なのは、デジャ・ヴュとジャメ・ヴュとが一瞬にして混じりあい、眩牽のような感覚をもよおさせるとき、その奥底に潜んでいる「詩的装置」を探り当てることにある。著者はそれを、町の生理と呼んでいる。
 巌谷國士のこうした旅のあり方が、今日の一般化されたトゥーリストのそれと異なっているとすれば、それは彼が既知の情報と知識をひとたび脇に置いて、まったく無防備のままに訪れた先の都市と交感を結ぼうとすることである。いや、さらに適当な言葉を求めるとすれば、見知らぬ町に降り立ったとき、彼は無意識のままに言葉が浮かびあがってくるのを待ち続けるのだ。
 こうした巌谷國士のあり方は、興味深いことに、彼が深い共感を寄せる隣人であり、同じくフランス文学者であった澁澤龍彦のそれと、あきらかな対照を見せている。
 たとえば同じプラハという都市を初めて訪れるときにも、両者の接近の仕方はまったくヴェクトルを異にしている。『ヨーロッパの乳房』のなかで澁澤龍彦は、空港でのでたらめな荷物の扱いを見て、さすがはカフカの国という印象をもち、「果たして期待していたものにぶつかったという、いささかの倒錯的な満足感」を感じる。続いて美術館とそこで接したオブジェをめぐる、華麗なまでの知識の披露が続き、案内人に導かれてボヘミヤの森へ遠出をするさまが語られる。最後になってふたたびカフカの名が言及される。澁澤龍彦にとって、旅とは徹底的に意識によって統括され、先行する知識とイコノロジーによって裏打ちされたものでなければならない。こうして未知なるものが、自分の携えてきた莫大な知識と完璧な照合関係を見せたとき、彼は旅の幸福感を手にすることになる。
 それでは巌谷國士の場合はどうだろうか。同じプラハに初めて到着した披は、こう書きつける。
 「はじめはたいていの町がそうだが、しばらくのあいだ、見るものが知識や意味に還元されてしまうことのない、こころよい時間がつづいた。チャペックもカフカもトワイヤンもゼーマンも。それからお化けの話などもすっかり忘れはてて、私はナ・プリコペ通りを進み、火薬塔をくぐり、市庁舎の大天文時計を眺め・・・」
 ここには澁澤龍彦とはまったく対照的な幸福感のあり方が語られている。これまでに手にしたものをすべて棚に預けてしまい、心の赴くままに未知のただなかに身を委ねること。あとは自然とデジャ・ヴュが心中に湧きおこってくれば、それもまたよし。巌谷國士はけっして旅の体験に究極の言葉を与えようとしない。不思議はそのまま不思議でよいのではないか、と書き記す。およそ考えられうるあらゆるユートピアが凡庸な光景となりはててしまったと、もはやそれだけが旅のモラルではないだろうかと、心のなかで思いながら。

・・・・・・・・・・・


デジャ・ヴュ(既視)とジャメ・ヴュ(未視)をめぐって、認識の組み替えがなされなければならない・・・・・

 下調べは一応して行こう!
 しかし、観光地はジャメ・ヴュなのだ!
 そこで、眩暈を感じるくらいジャメ・ヴュでいることが大事ではないか?

 そういうことか?


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