Home *  * All archives

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
tb: -- |  cm: --
go page top

福山雅治の旅

 福山雅治さんが添乗員だったらツアーもいいかもしれない。
 
人、旅に出る SWITCHインタビュー傑作選人、旅に出る SWITCHインタビュー傑作選
(2005/09/15)
新井 敏記

商品詳細を見る

著者・新井敏記
(1954(昭和29)年、茨城県生れ。日本大学芸術研究所卒。1985年に「SWITCH」を創刊。2003(平成15)年12月まで同誌編集長。2004年には「Coyote」を創刊し、編集長を務める。インタビュアー、ノンフィクションライターとしても精力的に活躍を続ける)


福山 ・・・・・・・・・・・・  長崎は山に囲まれている町で、どこまで行っても行き止まり感がありました。山を越えても道は当然続いているけれど、実感がなかった。閉ざされている世界だと思っていた。高速道路はまだありませんでした。でも、高校に入ると、道をたどっていけばどこまででも行けるのかもしれないと思い、入学してすぐに、無免許で原チャリを借りたんですよ。その時はもうこのまま、東京まで行こうかなと思いましたね。
新井 どうして東京に行こうと?
福山 コピーバンドをやっていたくらい、ザ・モッズが好きだった。森山達也さんが、「ロックをやるためには高校に行ったらいかんと思って、中学出てすぐに新宿に行った」と『エンゼル・ウィズ・スカーフェイス』に書いていたんです。で、俺も高校行かないで東京行こうかなと。本当に単純だった。
新井 それは分かるな。行ける気がするしね。
福山 行ける気がするんですよ。森山さんの本には、新宿で怖い目にあってすぐ帰ってきたと書いてあったんですけど。でも、それすらも勲章みたいに感じたんです。追い込まれてそうなったんじゃなくて、自分から選んだプチ武勇伝、そういうことに憧れてたんだと思うんですよ。
新井 それで結局、原チャリでどこまで行ったんですか。
福山 ひと山越えたぐらいの所までですよ。十キロから十五キロぐらいですかね。
新井 そこでやっぱり戻ってこようと思ったの?
福山 そうですね、行く先をあらかじめ決めていたわけじゃないんですけど、まあやっぱり怖かったんじゃないですか、無免許だしお金もない。
新井 夜だったんですか。
福山 学校が終わってから出かけたから、夕方だった。ヤマハジョグっていうバイク。誰のだったんだろう、スピードが出るやつ。
新井 その時の光景を福山さんはどのように記憶していますか。
福山 走りながら、その時初めて自由なんだと思いましたよ(笑)。俺はもう何者からも解き放たれた一本の矢だ! って。
新井 先に進む力強さと、戻ってくる断念というのは、今考えても切ないよね
福山 小さい頃から自転車で山道を釣りに行ったりしていたんです。バスで行って、帰りはヒッチハイクして戻ってきたこともあったけれど、自分の思いのままの移動手段を使って、自分の行きたいところに行くという快感は初めてだった。でも、人力でこぐ自転車には限界があるでしょう。それまでとは違っていたんです。
新井 最初の旅って、思い出せますか。
福山 父親の車に乗せられて九州を一周した時かな。でもその前に、母方のばあちゃん家にディーゼル機関車で行ったのが、ひょっとしたら最初かもしれないな。
新井 何歳ぐらいの時?

福山 小学校の中頃ぐらいだと思うんですけどね。そう言えば、さらにさかのぼると徒歩旅行というのがありました。父方のばあちゃん家は俺の家から歩いて四、五キロの所だったんですよ。そこに行ったのが、いちばん最初の旅だったんじゃないですかね。
新井 誰かに連れていかれて?
福山 いえ、一人でした。「きょうは、ばあちゃん家に行くけん」と言って出ていった。まぁ、親もうっとうしかったんじゃないですかね、「泊まりに行ってこんかね」って言われた。すごくきつい石段を登っていくんですよ。で、そしたらご褒美にと、必ずばあちゃんが三ツ矢サイダーを出してくれました。三ツ失サイダーを飲みたくて行ってたようなもんですね。ばあちゃんとじいちゃんはかわいがってくれるじゃないですか。で、一日泊まって、お小遣いもらって帰ってきました。
新井 子供の足だとけっこう時間もかかるでしょう。
福山 二時間弱かな。子供にとってばあちゃん家に遊びに行くのって、お菓子を食べにいったりお小遣いをもらいにいったりするのが目的だと思うんですけど、その途中で、「あそこの角にはすごい怖い犬がいる」とか、「あそこにはちょっとおいしい駄菓子屋さんがある」とか、さまざまな思いを巡らせますよね。子供にとっては行程全てがアトラクションみたいなもの。あそこの庭先にはビワがなってるから、もいで食べようとか。今でもたまにはその場所に行くんですよ。もうばあちゃんはそこに住んでないんですけど、なんだか懐かしくて石投を登ったりします。
新井 でも、ずいぶんと近くなっていることに気づく。
福山 めちゃめちゃ近いし、道もめちゃめちゃ狭いんですよ。
新井 だから子供の持ってる世界の広がりって、すごいなと思うんです
福山 長崎は観光地として有名ですが、丘の上までびっしり家が建っていて、小さな路地がいっぱいあって、本当に迷路みたいになってるんですよ。そういうところを歩くのがすごく楽しかったですね。途中で行き止まりになってしまうような路地もいい。
新井 その路地の感覚というのは、ある種見知らぬ町に行く感覚と同じだよね。写真家の荒木経惟は「路地は産道である」と言っていたけれど、思わず引き込まれる感覚が路地にはあるね。
福山 そうですね、路地をいっぱい歩いている人は、知らない町に行った時に、その町を把握する能力が高いと思うんです。町がどのように成立してどうなっているのか、すぐに把握できるんですよ。俺も旅に出た時には、車でも徒歩でもなんでもいいんですけど、まず町を一周してみるんです。で、このストリートは食、ここはショッピング街、ここは住宅街、ここは危ない所というふうに具体的に把握していくんです。そのあとで、ゆっくり自分の気に入った場所を見つけていく。
新井 歩く、見る、聞く、嗅ぐ。より深くその土地を知るための最上の方法だよね。
福山 そうですね。どんな町にも生活の道がある。子供から大人まで、その道を通って学校に行き、会社に行く。その路地には、家庭の匂いが必ず立ちのぼっている。台所の換気扇からは料理の香りが、時には開け放した窓から衣替えの防虫剤の匂いが漂うこともあるかもしれない。



 ルソーもニーチェも小田実も、ものごとを考えるには旅することがいいと言っていたが、福山雅治の歌声も小さな旅が育てたのかもしれない。
 ただ、今の若者たちにはこういう記憶をたどれる人は少ないのではないだろうか?

 社会に管理されすぎてしまったせいだろうか?
 それとも、深く考えることはネガティブなことで得しないと思っているのだろうか?
 それとも、ゲーム、パソコン、携帯・・・と、思考がビジュアル化してしまったせいだろうか?

 まあ、ショッピングとグルメのツアーでは、あまり深く考えないほうがいいのかもしれない。


tb: 0 |  cm: 0
go page top

この記事に対するコメント

go page top

コメントの投稿

go page top

トラックバック

トラックバックURL
→http://intouch.blog56.fc2.com/tb.php/657-e7e363ae
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
go page top

新着記事+関連エントリー

カレンダー

カテゴリ

最新コメント

プロフィール

ブログ翻訳

旅行業の本

添乗に役立つ本

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。