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なぜ旅行するのか?その2



「超」旅行法 (新潮文庫)「超」旅行法 (新潮文庫)
(2003/03)
野口 悠紀雄

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〈孤独)は、もう一つの重要な副産物をもたらす。それは、ゆきずりの人との会話である。
一日中事務的で短い会話ばかりの日が続くと、無性に誰かと話したくなる。そのような時に楽しい会話の機会に恵まれると、非常に嬉しい。実は、私の海外旅行のもっとも印象深い思い出は、美しい風景でもなく、史跡でもなく、このような状況下の会話なのである。
 パリのレストランで、隣の席にいたアメリカ人と話し込んだことがある。レストランのサービスが悪いことに、同じように憤慨したのがきっかけだった。相手も「パリのアメリカ人」で、異文化にストレスを感じていたのだ。フランス人の悪口から始まって、話は比較文化論から社会主義体制論にまで及んだ。いかにも聡明そうな女性で、美しくておとなしい小学生くらいの娘を連れていた。もう20年近く前のことになるが、その時の会話が楽しかったことは、いつまでも忘れない。
 フィレンツェのウフィツィ美術館への入場を待つ行列で、すぐ前に並んでいたノルウェー人の女性と話し込んだこともある。彼女はボランティア活動に生きがいを見出していて、イギリスで行なっている活動を熱っぼく話してくれた。私は経済学の立場から、ボランティア活動に批判的な意見を述べて、真剣な議論になった。切符売り場まで1時間以上かかったのだが、少しも長いとは感じなかった。
 日本にいる時、私は見ず知らずの人と話すことは、まずない。外国にいても、団体の一員なら、グループ外の人と話そうとは思わないだろう(相手も、団体の一員である私に話し掛けてこないだろう)。異国での孤独な旅だからこそ、コミュニケーションを切望し、そしてそれが可能になるのである。                 

 楽しい思い出は、長い会話だけではない。人間の記憶は不思議なもので、重要なことをよく覚えているとは限らない。瞬間的な出来事やどうでもよいことが、記憶に長く残ることも多い。たまたま側にいた旅行者と些細なことで共感しあったり笑顔を交わしたりしたほんの一瞬の心の交流が、懐かしいと思えることもある。
 これらは、大切な思い出として、私の心に残っている。名前も開かずに、“Bon voyage!"とだけいって別れてしまった相手だが、もしかすると、相手の心にも私の思い出が残っているのかもしれない。その人が地球のどこかでいまでも元気で生きていると考えられるのは、素晴らしいことではないだろうか。


 野口氏は、語学が堪能だからこのような出会いを楽しめるのだろう。

 そうでもない普通の孤独な旅行者は、同じような日本人旅行者と出逢ったときが大変だ。
 この機会を逃したら、しばらく人と会話できないかもしれない。
 お互いここぞとばかり、独り言の嵐!だ。
 相手の話などどうでもいい。自分がしゃべりたい!

 そして、お互いに満足する。
 そして・・・・・別れ
 けっこう、淋しい。

 自分だけ一方的にしゃべった気がするが、相手の表情や話は後々まで記憶に残っている。
 不思議だ・・・・・・・・・・






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