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なぜ旅行するのか?

 なぜ旅をするのか?・・・・〈孤独になるために〉

 孤独は淋しい。
 なら、友人と一緒に出発してもいいのでは・・・・・

 でも、旅先では別行動としよう!


「超」旅行法 (新潮文庫)「超」旅行法 (新潮文庫)
(2003/03)
野口 悠紀雄

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(抜粋)
なぜ旅行するのか

 目的地や旅程を自由に選べるのが個人旅行の魅力だと述べた。しかし、個人旅行の意義は、それだけではない。そこには、「なぜ旅をするのか」という根本問題にかかわる要素が含まれていると思う。
 異国を一人で旅することの本質は、〈孤独になること)だ。周りには、知り合いも額見知りもいない。言葉も自由には通じない。一日中、三日もしやべらないことさえある。日本のニュースも入ってこない。周りの人々の生活に、私の存在は何の意味ももたない。私は、文字通りのエトランジェなのである。
 このような環境に1週間もいると、それまでの自分の日常生活を、客観的に見られるようになる。毎日あくせくと動き回っていた日本での生活は、本当に自分がなすべきものだったのだろうか? 私は、このままの生活を続けてもよいのか? 私のこれまでの生活は、最も基本的なところで間違っていたのではあるまいか?
 日本で次々と仕事に追われている限り、こうしたことを考える時間は見出せない。日常生活から完全に切り離されたからこそ、そして完全に孤独であるからこそ、〈人生の根本問題)を考えることができるのだ。私は、これこそが海外旅行の重要な意義だと思っている。
 アメリカの作家マイクル・クライトン氏と対談したとき、彼も同じことをいった。1年に1回は、必ず外国旅行に出かけるのだそうである。家族も連れずに全く一人で。その目的は、自分自身の日常を見直すことであると、彼はいった。               
 海外旅行から久し振りに家に戻ってくると、旅行の苦労をもう続ける必要がないことを知って、ほっとする。そして、改めて周りを見渡してみると、普段見慣れていたさまざまなものが、新鮮に見えることがある。
 そのとき、いつも住んでいた町や家を「正しい場所」であると考えることができるだろうか?
 そう考えられるのは、一部の恵まれた人だけの特殊事情であろうか? 程度に差はあれ、誰でも基本的にはそのような考えをもつのではあるまいか?
 私が住んでいる町は、アメリカの郊外のように空間と緑に恵まれているわけではない。清潔なドイツの町とは違って、道路には屋外広告や見苦しい看板があふれている。カリフォルニアのかぐわしい空気やイギリスの涼しい夏は、望むべくもない。ミラノのレストランやパリの美術館、そしてロンドンの劇場が近くにあるわけでもない。しかし、それにもかかわらず、私が住む場所は、地球上でここしかないと感じる。
 宇宙飛行士は、宇宙空間から地球を見て、そこがかけがえのない大切な場所であることを強く感じるという。『オズの魔法使い』のドロシーは、「虹のかなたにある」と思ったオズの国にやってきて、「家ほどすばらしい場所はない」と悟る。もし、海外旅行から帰ってきた場所に違和感を感じるようであれば、あなたは、これまでの生活を基本的に見直すべきなのではあるまいか? 日常生活を客観的に見直せる日を用意してくれるという意味で、海外旅行はリトマス試験紙の役割を果たしうるのである。

・・・・・・・・・・・・・・・・(つづく)


 夜、海外から帰ってくる。
 リムジンバスや列車に乗る。

 東京タワーの灯りがなんともいいがたい。
 あれは、何なんだろうか・・・・・・・・

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