Home *  * All archives

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
tb: -- |  cm: --
go page top

大人に媚びないこどもたち

旅人にとって、著者・関野吉晴氏は憧れの人ではないだろうか?
旅によって人生の目標をみつけ、旅をテーマに仕事の領域を得る。

sekino1.jpg

地球に生きる―グレートジャーニーのこどもたち (毎日ムック)地球に生きる―グレートジャーニーのこどもたち (毎日ムック)
(2002/11)
関野 吉晴

商品詳細を見る


上記の本の「あとがき」である。

あとがきにかえて
大人に媚びないこどもたち

 中国領チベットに近い、ヒマラヤ奥地の北ドルポに4カ月滞在した。ネパールでは最後に外国人に解放された地域だ。チベット文化圏だが、中国領内よりも伝統的なチベット文化を残していると開き、訪ねた。村人の数に比して僧院と僧侶の数が極端に多い。サルダンという村では、村を一望できる高台に大きなテントを張った。村の北のほうに今は中国領になっているチベットの山並みが見える。
 テントを張った場所は隣村に行く者、ヤクやヤギ、羊の放牧に行く者、燃料の薪やヤク糞を集めに行く者の通り道になっている。毎朝テントの横を通る10歳ほどの男の子がいた。歌を歌いながらニコニコして通り過ぎていく。彼はいつも仕事をしている。家畜の放牧かヤク糞拾いが彼の仕事だ。自分の家の用事ではなく、近くの家でアルバイトを頼まれるのだ。
 歌の中には学枚で教えている歌もある。彼も本来は新設したばかりの学校に通う年齢なのだが、家の経済状態が許さないのだろうと思っていた。いつも学校からはこどもたちの元気な歌声が聞こえてくる。この少年アンジュはときどき学校の近くで歌を開いているうちに覚えてしまったのだ。
 バイトが終わると、ご褒美にソバ粉で作った砂糖の入っていないパンケーキや、麦焦がしのような麦を炒って粉にしたツアンパをもらう。空きビンに詰めた水を飲みながら美味そうに食べていた。水に味がついているのかと思って飲ませてもらったが、ただの小川の水だった。粉末のスポーツドリンクを持っていたので少量入れてあげた。「こんなに美味しいものが世の中にあるのか」と言いたげな、嬉しそうな表情をしている。もったいなさそうにちびりちびり飲んでいた。
 飴玉など甘いものを一度プレゼントすると、ベタッとして離れない子も多い。テントに入り浸りになってしまう子もいる。ところがアンジュは翌日からも振る舞いは変わらない。好奇心が強いのでいつものように近寄ってくるが、一定の距離を保っている。テントには決して入ってこない。私と同行していたポーターがからかったりすると、猛然と反撃してくる。誇りを持っているのだ。日毎に仲良くなっていったのだが、相変わらず距離をわきまえていて、ベタベタしてくることはない。
 彼の家を訪問すると、驚いたことに村の中では決して貧しい家庭ではなかった。大麦の収穫期になったので、その手伝いをしていた。彼は自主的にバイトをしていたのだ。彼を見ながらそれまでに出会って、私が惹かれたこどもたちに共通点があることを見つけた。
それは、自立心が強く、大人に媚びないということだ。
 モンゴルで出会った少女も媚びない子だった。モンゴルを自転車で移動している時、草原で牛追いをしていたプージエという名前の女の子と出会った。彼女の写真を撮ろうとして、つい牛の正面に立ってしまい、牛の群れがバラバラになつてしまった。プージェに大声で叱られた。ゲルに戻る途中でも、また文句を言われ、彼女に睨まれた。馬に乗って帰路を急ぐプージエの後を慌てて追いかけて、とにかく謝った。
 彼女のゲルの中に入るとすぐ左側に、おじいさんが床に伏せていた。右側にはおばあさんとプージェのいとこのパーサという2歳の男の子がいた。
 プージェは、まだお母さんに甘えていたい年ごろだ。しかし、彼女の母親は1カ月前に、盗まれた馬を探しに出て行ったきり戻って来ないのだという。おじいさんは寝たきり、おばあさんは家の中の仕事をするのに精一杯だ。羊の世話はまだ彼女には荷が重いので、遠縁のおじさんにお金を払ってやってもらっているが、それ以外はプージェの仕事になる。
 牛や馬などあまり遠くまで行かない家畜の世話、いとこのパーサの子守、薪運びと水運び・・・・まだ7歳の女の子が、これらの作業を全部やらなければならない。
 10月に入ると、雪も降り始めた。家畜の背中に雪が積もるのを見ながら、プージェはぶつぶつ独り言を言う。「どうやって牛や馬に屋根をかぶせてあげようかなあ」。
 7歳のプージェは、家畜を守る責任を一身に背負っているのだった。
 lカ月ぶりに母親が帰って来た。馬は見つからなかった。お母さんがいない時には気丈だったプージェも、お母さんが戻って来たとたんに、普通の7歳の女の子らしく、甘えん坊のはにかみ屋になってしまった。
 いつまでもよそよそしかったプージェの表情が変わったのは、私が雪だるまを作った時だった。パサパサに乾いたモンゴルの雪を固めるのは一苦労だったが、なんとか大中小3つの雪のだんごを作って積み上げた。目、鼻、口も付けた。
 最初は、無邪気に喜んでいるパーサの脇で、プージェは遠目に私の作業を見ているだけだった。しかし雪だるまが完成すると、ニコツとして近寄って来た。ときどき私のほうを見ながら、ニコニコして雪だるまを見ている。やっと気を許してくれたようだ。それ以来、プージェの表情もゆるみ、私と行動を共にすることが多くなった。
 彼らだけでなく、私が旅の途中で心惹かれたこどもたちは本当に独立心が強く、誇りを持ち、媚びることがなかった。媚びないこどもたちが笑顔を見せてくれた時、これほどの至福はない。夢中でシャッターを切っていた。

*特別許可証必要な北ドルポトレッキング
危険情報(ネパール




日本の子供ははたしてどうだろうか?
私の子供の頃は、大人はその名のとおり本当に大きく見えてしゃべるときも緊張してなかなか言葉がでなかったものだ。最近の子供をみると、友達感覚で気軽に大人と話している。しかも、相手をおだてたり媚びたりする要領まで覚えている。後で舌でもだしている様子が見えるようだ。
ただ子供だけ変わったわけではないだろう。
昔の大人は、社会のなかで否応なしにそのように対応しなければならない自分にあきらめと情けなさを感じつつ、子供にだけは、「素直に、正直に、」と教えていた。
それが今では、学校教育においても、枝野のような詐欺師の弁論術=ディベートを教え、入試面接に備え「自己アピール」の練習をさせられる。

子供の頃からこういう処世術を習うと「正直」という細胞そのものが存在しなくなるのではないだろうか?
大人のように細胞そのものは存在していたけれど壊死してしまったのとはわけがちがう。

旅行でも、お客に媚を売りアンケートをよく書いてもらうことに抵抗はない添乗員がいる。わたしなどはやはり、ダメだ。

「みなさ~ん、アンケート、よろしくお願いしま~す、わかってますね、できたら一言!書いていただけると、わたしは助かりま~す、・・・・」
 などとはいえない。

 わたしが言うのは、

 「正直に書いてください・・・・」



tb: 0 |  cm: 2
go page top

この記事に対するコメント

Re: タイトルなし

エリマリ 様

 ご無沙汰しております。
 エリマリ様のブログもときどき拝見させていただきてます。恋愛論!感心しながら読んでいます。
 これからも愛の伝道師?としてよろしくv-66
 

URL | InTouch #-
2011/05/05 13:10 * edit *

 こんにちは。
いつも拝見しています。
InTouchさま自身が、大変、正直に裏表なく表現しているので、
他者の裏表に敏感であれるのだと思います。

 この本も、注文してみました。
なかなかコメントできないのですが、
いつも、感心したり、胸を打たれたり、新しい事を教えてもらったりしています。

 ありがとうございます。

URL | elinor-marianne #ZKY3vMSE
2011/05/04 17:31 * edit *
go page top

コメントの投稿

go page top

トラックバック

トラックバックURL
→http://intouch.blog56.fc2.com/tb.php/572-6cd2ea9a
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
go page top

新着記事+関連エントリー

カレンダー

カテゴリ

最新コメント

プロフィール

ブログ翻訳

旅行業の本

添乗に役立つ本

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。