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住民の顔が見えない

  福島第一原発1号機が水素爆発を起こしてからちょうど3週間になる。

 その間、原発20K圏内の住民は、即時退避を命じられて、ほとんどの者は、貴重品、現金の身づくろいもできす、自宅に鍵をかける暇もなく、圏外へ移動させられた。
 ある者は、隣村の避難所からその隣村の避難所へと。ある者は遠く離れた関西の避難所まで自衛隊機によって運ばれていった。またある者は親戚や友人を頼った。家族でも、別々の避難所へ運ばれてしまった者もいる。

 唯一の情報源である新聞やラジオやテレビでは、福島原発はたいした事故ではなく2,3日中には収束するような報道がなされていたので、皆すぐ帰れるとばかり思っていた。その後の報道も「心配ない」の連呼である。
 しかし、現実は、まったく違った。テレビで報道されるボランティアに見守られた避難所は、全体の何パーセントなのだろうか?ほとんどの避難民は、寒さや心労で体調を崩している。クスリも手に入らない。申し訳ないけれども、おにぎりやカップめんでは食欲はわかない状態だ。金もない!援助金はない・・・・

 テレビの避難所中継では、「どうにか頑張ります!」「本当に親切にしてもらって感謝しております!」という老若男女が映し出されているが、わたしの被災した友人たちは、開口一番に、「ズゴク(地獄)だあ~~~!」「ズゴクだべ~~~~」と言った。「どこもズゴクだ!避難所もズゴクだ~!」「東北人は忍耐強いとか思われるのが一番困るっぺ~!そんなこと言われたら何も言えないっぺ~!」「忍耐なんかねえべ~~できるんなら、いますぐ、死にたいっぺ~」

 そんな中、東京電力、原子力安全保安院、原子力委員会、枝野官房長官の記者会見・・・・
 淡々と無表情で一方的に経過を述べる・・・・
 なんか、ラジコンとかプラモデルがちょっと壊れちゃったので修理しています、という感じである。 
 この無機質感は何だろうか?
 彼らをみていると、彼らの目にそこに住んでいる住民はまったく映っていないのではないかと思ってしまう。現場で住民に接した体験もなければ、たぶん、接する機会があったとしても、彼らの記憶に残ることはないのだろう。


 わたしは、このような人たちを過去に一度見たことがある。
 それは、フィリピンやミャンマーや旧満州など第二次世界大戦の戦友会ツアーで。
 わたしは、このようなツアーに同行していつも思ったのは、彼らの目に、被害者である現地の住民は映っていたのだろうか?ということだ。
 彼らは、戦時中の想い出話をいろいろと聞かせてくれる。
 戦友の話、作戦の話、自然の話、立派な建物や観光地の話・・・・・・・・
 「ほんとうに大変だったなあ~」
 とても興味深いのだが、その話のなかに、地元民の姿はほとんど見えてこないのだ。

 そして、住民の姿は、当時の日本軍の官位が高い者ほど見えなくなっていることに気づいた。将校クラスになるほど、戦略などの話はするが、その戦略時にそこに住んでいた住民の話はまったく聞こえてこないのだ。

 戦友会として、後にその地を訪れると、「迷惑をおかけしました」と彼らは頭をさげる。
 頭をさげた相手は、たしかに、戦時中そこに暮らしていた住民、もしくはその子孫であるはずだ。
 
 地元の人たちが、歓迎晩餐会を催してくれたことがあった。
 現地の村長が、「これからも交流を深めていきましょう!」と言った。
 日本側も戦友会を代表して、当時佐官だった副団長が、あいさつした。ところどころで現地語を交えていた。地元の人も戦友会の団員も皆大きな拍手をした。

 現地ガイドが私に言った。
 「今、彼が話したこちらの言葉は、わたしたちは使いません。あの言葉は、戦争中日本軍が私たちを差別するために使った差別用語です。」
 ということは、地元の方がたの拍手と笑顔は、「やはり日本軍だ」という苦笑いだったのかもしれない。

 彼らの目には、日本軍の一挙一足一動が目に見えていたのだ。
 日本軍兵士の目に、地元民が映ることはなくても・・・・・

 そして、今、東京電力、原子力安全保安院、原子力委員会、枝野官房長官の行為に、避難している地元福島の住民の必死の眼差しが注がれている。
 しかし、彼らの目に映っているのは、日本軍将校と同じく、現地というフィールドに建つ原発という相手だけのようだ。

 


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この記事に対するコメント

ひとつの提言として

6月にイタリアに旅行の予定でいろいろ検索していて、
こちらにたどりつきました者です。
旅行とは関係ないことですが、どなたかに意見として聞いていただきたくて、
書かせていただきました。(夫の意見ですが)

それは被災地の各沿岸にアメリカの引退したとはいえ、まだ使えるはずの
航空母艦を持ってきて使ったら、そうとうの事ができるはずだというのですが。
政府の中でその位の思い切った発想ができるやつはいないのかと
言っておりますが、どうでしょうか。

航空母艦といえば小さな町ひとつがあるようなものですよね。
もし可能ならば昨日のNHKでやっていたこれからの医療問題などは
すぐに解決しそうです。

官僚やら政府関係者、お偉い方々は、本当に被災者目線では
見ていないような気もします。
そんな面倒な交渉を引き受ける人間などいないかも。
でもそんな事を言ってきたらオバマ大統領はOKするかも
などと考える私は甘いでしょうか。

URL | yukibamba #-
2011/04/04 19:50 * edit *
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