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プリンシプルのない旅行会社たち

 以前、「英語の達人」である白洲次郎を紹介した。
 *GHQ=CIAなのか!ゲーツ国防長官
 
 以下の本は、白洲次郎の散文集である。
 そこには、鶴川村(現・東京都町田市)の一農民として、社会を批判する白洲次郎の姿がある。
 白洲次郎が以下のように言ったのは1960年代の終わりである。

プリンシプルのない日本 (新潮文庫)プリンシプルのない日本 (新潮文庫)
(2006/05)
白洲 次郎

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『プリンシプルのない日本 (新潮文庫)』より


・・・・・・・
プリンシプルは何と訳してよいか知らない。原則とでもいうのか。日本も、ますます国際社会の一員となり、我々もますます外国人との接触が多くなる。西洋人とつき合うには、すべての言動にプリンシプルがはっきりしていることは絶対に必要である。日本も明治維新前までの武士階級等は、総ての言動は本能的にプリンシプルによらなければならないという教育を徹底的にたたきこまれたものらしい。小林秀雄が教えてくれたが、この教育は朱子学の影響によるものとのことである。残念ながら我々日本人の日常は、プリンシプル不在の言動の連続であるように思われる。
 例を言えというならいくらでもある。毎日の新聞はそんな記事でいっぱいである。
例えば何々省の事務次官が記者会見で、省の方針に関することを滔々(とうとう)とぶつ。ぶっていることは事務手続きの問題ではない。往々にして当の大臣は全然御存知のないことで、大臣の命令による発表ではない。公務員が省のポリシーを云々することは、公務員としては明らかに逸脱行為であるが、聞いている新聞記者諸君も当の大臣も、その記事を読む読者諸君もちっとも不思議とは思わない。公務員の言及可能の範囲はおのずから、公務員とは何ぞやというプリンシプルにおいて、はっきりしているはずであるが、この様なわかりきったことすら不問に付せられるのが現状である。



 (日米間の航空協定は、一九五二年に締結された。日本では当時国際線が運航されておらず、協定は権益においても運用においても、アメリカに有利な内容となっている。九八年に四年間の暫定協定で大幅な改善がなされたものの、現在まで不平等の完全な解消にはいたっていない。)

日米航空協定の協議が九月まで延期になったと新聞は報じている。日本側がこの協定の大改定を希望している主な理由が、この協定が不平等であるという点なのはもっとものことである。しかしこの協定が占額下の不平等下において締結せられたものであっても、その締結にあたってこれは不平等下においてなされた不平等なものであるが、他日これを平等のものにすべきであるという日本側の意思表示が、この協定締結中の折衝の記録のどこかに残っているのか。
 米国側から考えると、不平等であるとの何の意思表示もなかった協定が改定時になって急に不平等となるべきすべもないのだから、納得はしないだろう。プリンシプルを考えたら、当然その時に不平等であるとの発言がなされて然るべきであった。

 日本語でいう「筋を通す」というのは、ややこのプリンシプル基準に似ているらしいが、筋を通したとかいってやんや喝采しているのは馬鹿げているとしか考えられない。あたり前のことをしてそれがさも稀少であるように書きたてられるのは、平常行動にプリンシプルがないとの証明としか受取れない。何でもかんでも一つのことを固執しろというのではない。妥協もいいだろうし、また必要なことも往々ある。しかしプリンシプルのない妥協は妥協でなくて、一時しのぎのごまかしに過ぎないのだと考える。日本人と議論をしていると、その議論のプリンシプルはどこにあるのかわからなくなることがしばしばある。それは私の理解カの低さだけではないらしい。こういう議論をいくらしても西洋人はピンとこないだろう。これが激論にでもなって喧嘩別れというような結果になれば、彼らはほんとにおこるだろう。日本人側には何の悪意もなかったのにこういう不幸な結果になった西洋人との対談を数多く私は知っている。


 英国で教育を受け、吉田首相の懐刀といわれた白洲次郎。米国占領下の日本でも、言うべきことは言う!と、GHQ相手に人間としてのプライドを主張し続けた白洲次郎。
 官僚の中では一番日和見的でイエスマンの外務省、そして性質の悪いマスコミと・・・・
 プリンシプルのない日本・・・・は、当時からずーっと変わってないような気がする。



 旅行業界もプリンシプルの無さに関して外務省やマスコミにひけを取らない。

 派遣会社「旅行綜研」やクラブツーリズムは、2006年の東部労組との和解条件をしっかりと守っているのか?
下記の和解協定は、その後のTCSA、サービス連合、JATAとの談合のなかで、率先して破棄してしまったのではないのか!
そうでなければ、その後の添乗員派遣業界における「旅行綜研」の一人勝ちはありえないであろう!
和解条項の努力は、金銭的負担を強いられて不思議ではないのだから。


和解協定書(骨子)
申立人全国一般労働組合全国協議会東京東部労働組合及び同旅行綜研支部(以下併せて「組合」という)と被申立人旅行総研及びダイヤモンドシステム株式会社(以下併せて「会社」という)とは、都労委平成18年不第89号事件(以下「本件」という)について、下記の通り協定する。

1 会社は、労働基準監督署や公共職業安定所などの関係機関よりの指導を積極的に受け入れ、今後労働法を遵守し、添乗員ら労働者の労働時間、有給休暇、未払い時間外手当などの解決も含め、労働条件の改善と地位向上に努めるため、旅行会社、行政機関ら関係者及び添乗員などの労働者と真摯に協議を重ね、労働条件の改善に向け、努力する。

2 会社は、本件のような労使紛争を招かないよう、日本添乗サービス協会が発表している添乗員らのアンケート結果に対して会社として対応策を練り、これを実行する。また、添乗員らとの話し合いを通じて、労使間の問題を解決する。

3 会社は添乗員らの意見を聞き、就業規則ならびに36協定を作成し、労働基準監督署に提出する。また、雇用契約書などの労働条件も明示する。

4 会社は、未払い残業代の支払いも含めた和解金を支払う。


 TCSA(日本添乗サービス協会)はどうだ?
TCSAという社団法人が今までしてきたことにはたしてプリンシプルはあったのか?
常に添乗員の味方のように振舞ってきながら、どちらの添乗員?と妥協したのだろうか?
TCSAの主張で満足した添乗員がいるのだったら、ぜひ話をうかがってみたい。

 サービス連合はどうだ?
添乗員に対する彼らのパフォーマンスには怒りを通り越して旅行業界の劣化にただあきれるばかりである。
人間としてのプリンシプルのない者たちをあえて旅行会社が選任したのか?とおもえるほどプリンシプルのない組合組織こそサービス連合である。
あれやこれや、派遣添乗員のゴキゲンとりばかりしているが、しっかりした結果をみせろ!と言いたい。自分たち社員の待遇を第一に現状より改善するということは、派遣は切り捨てるという意味ではないのか!自分たちの肉を削る勇気もないのに、派遣添乗員の待遇改善を叫ばないでほしい。
しかも、サービス連合の改善策そのものが、もう東部労組の裁判でひっくりかえされているのではないのか(みなし労働は否定、1日の日当は12時間ではなく8時間分)。その相手である阪急交通社(実際はHTS)の労働組合に、サービス連合は今年7月になんと活動表彰!までしているのはどういう意味をもつのか?

 サービス連合ニュース(2010年7月22日)
阪急交通社グループ労連の組織拡大に対し活動表彰
組合員範囲拡大や新規労働組合結成などのこれまでの組織拡大への取り組みに対し、阪急交通社グループ労働組合連合会へ活動表彰を行いました。


 その阪急交通社は、グループ企業「阪急トラベルサポート」といっしょになって、自社の添乗員などへ声高に叫ぶコンプライアンスを、自分自身が守れなくなったようだ。
法令遵守とはもともと縁遠い阪急が、そもそもコンプライアンスという言葉を使ったことが間違いだったのかもしれない。
しかも、東部労組の裁判では、それぞれ同じ類の判決が出たにもかかわらず、一方にしか残業未払い代金を支払わないという卑怯な手を使ったらしい。
 これこそ、プリンシプルのない日本人!と呼びたい。

 また、上記の会社だけでなく、JTBをふくめたほとんどの旅行会社が、旅行会社自身の役割を忘れその責任を、添乗員をふくめた下請けに一方的になすりつけるようになった。慢性化してプリンシプルのなくなった業界人たちは、もうそういう「原則」すらみえなくなったのではないか。




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