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新・旅行用心集より


加藤秀俊著『新・旅行用心集』より

新・旅行用心集 (中公新書 649)新・旅行用心集 (中公新書 649)
(1982/01)
加藤 秀俊

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二十世紀前半の探検家・河口慧海の壮絶なチベット旅行について、

「慧海のような旅だと、いつ、どこでなにが起きるかわからない。テントを見つけ、人影を望見しても、それが危険な人物であるのかそれとも友好的な人物であるのかの見当もつかぬ。こうなると、非日常への脱出というのも命がけということにならざるをえない。
いくら非日常にあこがれるといっても、そんなにすさまじい体験はご免こうむりたい、というのがわれわれの大部分であって、非日常というのは、せいぜい、ふだんとちがった風景であるとか、ことなった言語を話す人たちであるとか、――――そういったていどのものであろう。――」

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「旅というのは非日常の世界に入りこんでゆく経験であって、そこには必然的に、われわれの日常の常識では理解しえぬものが待ちうけている。それをしなやかにうけとめながら人生をゆたかにしてゆくことのできる人―そういう人こそがほんとうの旅人というものではないのか。」


 
 「非日常性」とは、日常から脱出することであって、風邪をひいて会社を休むこともある意味では旅であり、普段の生活にない自分がみえてくるはず。
 友達の結婚式が地方であり、会社を休んでその地まで足を運んだとしたら、結婚式という目的のために旅をしたことになり、普段はなにげなく過ぎてしまう一日が、その「非日常」のなかで新たな発見や驚きや喜びや悲しみや出会いがあるかもしれない。
 「モナリザ」を見たいという目的をもってヨーロッパへ旅した場合も、たとえば、飛行機が遅延して乗り継ぎがうまくいかず、港内放送もチンプンカン、心臓は高鳴り、何とか他の人の後をついてパリまで到着し、パリ空港で迷子になり、深夜遅く雨の中、やっと、市内のホテルへチェックイン・・・・・こんな中で、どうにか『モナリザ』にたどり着けば、モナリザの微笑みは、かすかな記憶に残る母親の感触と慈しみのような感動を覚えることだろう。日常から遠く離れれば離れるほど、「旅」というものに近づくのかもしれない。

  添乗員にとっては、この最後の「旅人」という言葉を「添乗員」という言葉に置きかえてみたい。



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