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会いたくない!日本人

 個人旅行者が、よくいう言葉がある。
「日本人の団体が多くて、あの観光地はいやだった」
「ほんとうに日本人団体って、みにくい」
このように、日本人の団体ツアーを嫌う傾向が、個人旅行者にはある。

 この個人旅行者の思考は、個人旅行したものなら、よく理解できるものだ。
個人で旅行するものは、いろいろと不安要素を抱えながら、現地で旅をしている。乗り物の切符はどこで買えるのだろうか?予約はほんとうに入っているだろうか?言葉はだいじょうぶだろうか?ひとりで食べれる場所はあるのだろうか?スリに会わないだろうか?・・・・それは、五感の最大限の緊張とともに現地を理解し、自分もその流れのなかにうまく溶け込もうとしている。ひとつの観光施設を見学することだけをとってしても、個人旅行者にとっては、不安と緊張の末に目的を享受することになるのだ。

 そういう彼ら彼女らの目からすれば、観光施設や街中ですれ違う日本人団体客は、醜い創造物に映る。
個人旅行者が現地で切磋琢磨してそぎ落としてきた「観光客的」「日本人的」要素を、この団体客はすべて持っている。
 胸にはツアーバッチをつけ、見るからに観光客然とした洋装をし、首や手にはカメラやポーチをぶらさげ、不安感無げに大きな声に話しながら団体でちょこまかと動き回る。団体の性なのか、現地から浮いた存在に映っていることすら気づいていないのだ。
個人であれば、現地の空気に敏感に反応するのだが、団体様は、現地の空気ではなく、旅行会社がつくったカプセルのなかで、つねに、仲間の動きのみに敏感に同調してしまうらしい。だから、みんなで、浮きまくって、現地との交流のないまま、一方通行で、旅行が終了するのだ。

 つまり、団体旅行者というのは、個人旅行者にとって、「ああは、なりたくない!」という生きた教科書なのである。
 そういう意味では、団体旅行者を見ることも、個人旅行者にとっては、大事なことかもしれない。

ただ、個人旅行者がひとつ気づかないことがある。
それは、団体旅行者が個人旅行者をどのように見ているかである。
個人旅行者が嫌っている団体旅行者たちは、自分たちのことを「恵まれた人々」と思っている。皆が、自分たちのことをうらやましく感じているはずと思っているようだ。
よく彼等は、個人旅行者、とくにバックパッカーなどをみて、「かわいそうに・・・」
「ひとりで、さみしいわね・・・」
「たいへんね・・・」
などといっている。
また、そういう者に話しかけているときの物言いは、どうも自分のほうが上位というふうである。
自分たちがまさかバカにされている存在とは夢にも思っていないであろう。

 日本人団体客は、個人旅行者だけではなく、現地の人々にも同様に、奇異に映っている。もちろん、お金を持参してくる外国人という意味では、好かれているはずだが、それがいつまで続くのだろうか。
 これから、国際交流するうえで、役立つ人々は、この団体旅行者ではなく、個人旅行者のような視点をもっている人々だろう。現地の人々に愛されるのも、個人旅行者のような日本人であろう。
 
 日本の旅行会社の罪も大きい。
そのような奇異な団体客を増産させた責任は、旅行会社にある。しかも、過剰なサービスを加速させ、お客を例えようもなく、わがままな盲目人間にした責任は重大としかいいようがない。



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