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パタゴニア

2月ももう終わりだ。
そう思って、ルックJTBのカレンダーをめくろうとしたら、美しい氷河が2月の写真として掲載されていた。
あまり意識してカレンダーを見ていなかったので、どこの風景なのか気にしていなかったが、あらためてこう見ると、ほんとうにすばらしい大自然だ。
 
 氷河は、南米、パタゴニアのペリト・モレノ氷河だ。
長い間、地の果てのようにおもわれていたパタゴニア。南米の最南端、チリとアルゼンチンにまたがる地域である。
そのチリやアルゼンチンの人々でさえ、地の果て!のように言っていたパタゴニアが、今、すばらしい観光地として、世界中の観光客を魅了している。
 
 観光化されて秘境気分があまり味わえなくなった淋しさはあるが、そういう人は、個人旅行で、真冬に行けばいいだろう!さすがに、真冬にこの地域を訪れる観光客はいない。とくに、西欧人は、季節に敏感に反応する。
 まあ、安全に観光するのであれば、パッケージツアーで、夏(1,2,3月)に訪れることをすすめる。日本から遠く離れた地域で、コントロールのきかない大自然が主な観光資源だけあって、いつどんなトラブルがあるやもしれない。予定どおりいかない確率のほうが多い地域である。日程が限られるのであれば、パッケージツアーが「ベストでなくベター!」だろう。

 そういうパッケージツアーのお客に、一言だけいっておこうと思う・・・
 パタゴニアでは、お客が神様ではなく、大自然こそ神様である!
あなた方お客さまが、自然に合わせていかなければならない。それほど、人間という生物が小さく感じる。

 そういう大自然として、ペリト・モレノ氷河は存在する。
だからなのか、それを見たい観光客は、観光客自身でそれを見なければならなかった。見たい者が、氷河の近くまで行ってそれを見る。そのため、何人もの人が、氷河の崩落の波に飲み込まれて死んでいった。事故の絶えない場所になってしまった。さすがに、今では、安全のため、これ以上先へ進めないよう手すりを設けている。

* Le Glacier Perito Moreno en Patagonie argentine ペリト・モレノ氷河ツアー
 
 ペリト・モレノ氷河の特徴は、その成長力と移動速度である。大量の降雪量と斜角により、下降する速度が速くなる。そして、大量の氷柱が、湖や水道へ崩落する。よくいわれるのは、30階建てのビルに相当する40メートル近い氷柱が、轟音と振動とともに崩落する。
 その崩落のなかでも、とくに大きいものを「大崩落」といっている。何年かに一度起きると言われている「大崩落」がある。近年では、2006年夏、2008年の冬に起きたようだ!果たして、次はいつなのだろうか?

 『希望の大地 パタゴニア』藤井正夫著より 1996年発行

 モレノ氷河が見せるスペクタクルのハイライトは狭い水路に掛かった氷のダムが決壊するときだ。これはテンパノ水路と呼ばれる幅700メートルのフィヨルドの対岸に氷河が乗り上げ、湖を遮断して自然のダムを構築する。そのため南側のリコ水道は水の出口を失い水位が上がり、やがてダムは水圧と侵食に負けて一挙に決壊する。この自然の大スペクタクルは3年から4年に一度、夏に起こり、そのつど多数の人々が見物に駆けつける。
 最後に氷のダムが決壊した1988年1月17日には8000人の群集が集まり、テンパノ水路の東岸は人波で埋め尽くされた。カラファテ市長は臨時休日を宣言し、2台のバスを仕立てて市の職員と家族を運んだという。もちろん住民も総出で駆けつけ、街は完全に空になった。
 氷河が水路をせき止め、湖を分断するようになったのは今世紀に入ってから。1899年には氷河の先端は岸から750メートル離れていたといわれ、1917年に初めて対岸と接触したがまた分離した。1934年末、再び氷河は岸に接し、今度は後退するどころか逆に成長。1939年の冬には幅300メートルにわたって湖をせき止め、リコ水道沿岸を水没させた。
 そして1940年2月、最初のダムの決壊が起きた。それ以来、氷河の進行とダムの形成は恒久的となり、定期的に決壊するようになった。決壊前の水位差は最高38メートルに達したこともあるが、通常20メートル前後で水圧が氷壁を圧迫し、水の浸食が下部の割れ目を広げる。やがて水面下に穴ができ、そこを伝わって流れ込む水が氷を削って洞窟になる。最後は上部のアーチが轟然と崩れ落ち、無数の流氷と氷山を含んだ大量の水が大波を起こして雪崩込む。その間、早いときで一日半、普通は4,5日かかるという。
 だが、パタゴニアも近年、暖冬が続き、アンデスの積雪量は大幅に減った。そのため1988年にダムが崩壊したあと、冬に対岸に達してできた氷の橋も夏には崩れ、8年たった今でもダムは構築されていない。




Glaciar Perito Moreno (Argentina)




 
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