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悲しい韓国人

 韓国人の女性ジャーナリストで、田麗玉という女性がいる。
何冊かの日本批判本を書いている。それらは日本語でも出版されているが、日本人として納得できないところが多い。耳を傾けるべき日本批判本はあると思うが、この田女史の本は、日本への恨みと嫉妬からくる胸のモヤモヤのはけ口のような気がしてならない。まあ、だからこそ、本国・韓国で売れたのかもしれない。その手の本は日本でもよく、中国や北朝鮮を対象として出版されて、まあまあ売れているようだ。

 その田麗玉氏が1995年12月に出版した『続・悲しい日本人』たま出版、のなかで、日本人の旅行について、おもしろいほど批判している。
 どこがおもしろいかというと、彼女が批判している日本人は、何年後かの韓国人の姿であるからだ。
この本が書かれた1995年当時はまだ、アジアの経済大国は日本唯一といってもよかった。韓国を含め、アジアの新興国が日本へ追いつくのはまだ何年も先である。だから、ヨーロッパで唯一旅行している東洋風容貌の日本人団体は目立っていた。アジアでも日本人が想像する以上に日本人旅行者は目に付く存在であった。なにせ東洋人でアジアを旅行できるのは日本人しかいないのであるから。
目立てば、それがなんか癇に障る地元民がいてもおかしくはない。
多くの日本人旅行客のたった一人の不道徳的行為が、現地などで「日本人は、・・・」と全体的に表現される場合もあるだろう。

ただ、私が思うには、日本人というのは物事を荒立てることが好きではない。「和」を尊しとしているので、現地の方々の意に反するのような行為を好んでしようとする者はあまりいない。日本人客自身も島国根性とでもいうのか、「日本人」という看板をすこし背負っているようなところがある。
そのことが、欧米などでは、日本人は意志表明しないので何を考えているかわからない、とか、日本人はヘラヘラ笑ってばかりいるので薄気味悪い、などと揶揄されたりもする。
ただ、このような日本人たちは、ずるいことをしたり、不道徳なことをしたり、不人情なことはしない。
だから、日本人は、相対的にみれば、世界でとても評判が良いのだ!
もし、評判が悪いことがあるとすれば、それは日本企業ではないだろうか?
個人的に素晴らしい日本人が、日本企業の看板を背負ったとたん、まるっきり人が変わってしまうのを、私は添乗中何度も見た。日本企業の一兵士となったとたん、ずるいことをしたり、不道徳なことをしたり、不人情なことを平気で遣り出すのである。

日本人に比べて韓国人は大陸的だ。
それほど「和」も気にせず、人の目も気にせず、自我自尊(悪く言えば私利私欲)の旅をしているのではないだろうか。
もともと、アジア人の旅行スタイルは、日本人に似ている。きっと、それは日本人がアジアにおける旅行の先駆者だからだろう。だから、2000年前後から増えてきた韓国人、台湾人、シンガポール人、香港人、中国人、タイ人の旅行も団体ツアーであっちこっちせわしなく見て周る型が多い。
ヨーロッパでみかけるこのアジア人の団体ツアーは、往年の日本人ツアーを越えた物凄く忙しいものである。
ホテルやレストランにおけるマナーに欠ける行為は、『世界を経験し、世界に接しながら「世界人」となっていく』(下記参照)などという大志とは縁遠いように感じられる。
私は、韓国人客のオジサンがホテルの部屋の前で、下着姿のまま酔っ払って大声で韓国語?の歌を叫んでいるのを目にした。彼は駆けつけてきたホテルボーイに、「ジャパニーズ?」と聞かれて、「イエス!イエス!」と言っていたな・・・
行状の悪さを気にしない大らかさ!は、日本人ではなく、大陸風の韓国人が持っているのではないだろうか。

続・悲しい日本人続・悲しい日本人
(1995/12)
田 麗玉

商品詳細を見る

田麗玉『続・悲しい日本人』たま出版

 日本人がとても憧れている国の一つにスイスがある。
その国のジャーナリスト、バトゥラーの書いた『醜い日本人』(アングリージャパニーズ)という本がある。この本の中でバトゥラーは、日本の否定的ないくつかの面を鋭く指摘しているが、ヨーロッパ人が日本のことをわれわれ韓団人よりもさらに冷淡かつ徹底して見ていることが私にはとても意外に感じられた。

バトゥラーはこの本のなかの「セブ島の日本人」という見出しのところで、フィリピンの美しい島々を観光している日本人たちをあれこれと皮肉っている。

 フィリピンの島々は日本人にとって、とても人気の高い観光地である。
日本人にとって、ものすごく安い物価、いまだ人間の手垢がついていない数多くの島々、穏やかで人情味溢れた人々の人柄などのため、フィリピンを好んで訪れるといわれている。
しかし、日本人がフィリピンを好んで訪れるほんとうの理由は、「女を安く買うことができるところ」であるからだ。ところが、ことのほか恐がり屋の日本人は、フィリピンの民主化過程で治安が不安になると、フィリピンヘ向かっていた足をピタリと止めてしまった。
「お金持ちの日本人」を失ったフィリピンの観光振興庁は、この事態にあわてざるをえなかった。
「どうやれば、日本のお金を呼び戻すことができるか?」と考えあぐねた結果、フィリピン観光振興庁はとんでもないアイディアをひねり出した。
美しくて素晴らしい休養地「フィリピンのセブ島」という広告キャッチ・フレーズから、「フィリピン」だけを取り去ったのである。
セブ島はセブ島として成り立っているもので、「フィリピンのセブ島」とすることはまったく意味がないという結論を下したのだった。
フィリピン観光振興庁は早速、「日本人観光客の皆さん、幻想の島セブにいらっしゃいませ」という旅行案内パンフレットを作成してばらまいた。予想は的中した。
その年のフィリピン全体の観光事業はすっかり冷え込んでしまったが、「フィリピン」の五文字を取り去ったセブ島だけは日本人観光客が押し寄せたのである。

 フィリピン放送局は、にわかに最高の観光地として浮上したセブ島について報じた。
もちろん、日本人観光客のインタビューがきちんと収められていた。
「当初は、フィリピンに行く考えだったんですよ。ところが、政治状況もよくなく、治安が心配で方針を変えてこのセブ島に来たんですよ。ところで、ほんとうにいい所ですね。フィリピンの代わりにセブ島に来たのはとてもよかったですよ」。
日本人観光客のインタビューをテレビで観ていたフィリピンの人たちは、あいた口が塞がらなかった。
ほんとうに一週間もセブ島に泊まりながら、そこがフィリピンの領土であることも知らずに帰っていくなんて、一体全体あり得るのかというおかしさからである。
 バトゥラーはそうした現象をとうてい納得できず、直接セブ島を訪ねることにした。彼が会ったホテルの従業員は、そんなことは聞く必要もないというような返事だった。「日本のお客さんはね、東京からまるで貸切り飛行機と同じような一直行便で乗りつけるでしょう。もちろん、その飛行機に乗った人々は皆、日本人ですよ。飛行機から下りるとすぐにね、ガイドが案内するまま旗について従わせ、日本人のお客さんをホテルに案内し、日本の食堂で日本食を食べさせますね。また夜には、日本人が経営する日本式のカラオケに案内するでしょう。ショッピングといえば、団体で免税店に行きます。彼らは大部分、一体ここがフィリピンかどこなのか知らずに帰るだけですよ」
 バトゥラー氏がホテルに掛かっているフィリピン国旗を指差しながら旗について質問をすると、フィリピンの従業員たちは、フィリピン国旗がどのようにして作られたかを知る日本人はいないどころか、そうしたことを知ろうとする日本人もいなかったと答えたという。
国際化、国際人と声高く叫ぶ日本人は、いま年間、千二百万名、つまり日本の人口の10パーセントほどが海外旅行に出かけている。
だが、日本の観光客たちはいぜんとして「セプ島の観光客」水準から抜け出ていないのが現状のようである。

添乗員の旗についてとぼとぼ歩くばかりの日本人。
デパートのすみっこに日本人だけを対象にしてしつらえた「銘品コーナー」で、スーパーでお惣菜を買うように記念品を買って帰る日本人たち。
ときにはゴルフバッグをウンウンと唸りながら運んでいくのはいいが、ゴルフを一度もすることなくそのまま日本へ持って帰ってしまう不純な目的を持って海外旅行する日本人。
これが日本人の嘆かわしい海外旅行の行状なのだ。

 われわれはしばしば海外旅行から帰ると、「新しい体験をして戻ってきたわよ」とか、目が開かれる思いがしたよ」といったりする。
旅行というのは、当然ながら全く知らない世界、つまりそこの自然と人々と風習を経験することではなかろうか。
つまるところ、世界を経験し、世界に接しながら「世界人」となっていくのが、旅行のほんとうの目的なのではなかろうか。
ところが日本人の旅行は、「日本人という事実」を海外でもつづけて確認する過程にすぎないのではないだろうか。

本のお金の威力や、それを使う喜びに浸りながら、にわか成金の幻想を満喫しようとするのが日本人観光客の嘆かわしい姿である。

 韓国のある免税店で働いている女性従業員が、日本の観光客たちにとてもいい印象をもっているということを聞いたことがある。それは日本人観光客はお金を気前よく使い、高い品物もよく買い、客あしらいをそれほどしなくてもいい最高のお客さんだからというのだ。私はそれを聞いて、免税店をたずねていく日本人こそ、典型的な日本人の姿だと思った。一日一日とうなぎ上りする価値ある日本の円を引っさげ、買い集めることに没頭するのが、さも幸福だと感じているのが日本人である。

 八年前の一九八七年は、タイの観光年であった。ところで、その年のタイ観光は大成功を収めた。
多くの日本人観光客がタイを訪問し、多額の日本円をタイ国に落としていった。だがタイはその後始末をきちんと処理しなければならなかった。
一五名の幼いタイの少女たちが、日本の観光客を相手にする売春婦に転落したからだ。
 日本人の観光は、果たして、「国際化と隣国を知るためのもの」になっているであろうか。
日本人の観光は、「国際化」・「世界化」 という見かけのいいうわへだけのことで、ひたすら快楽だけを求める歪んだ旅行ではないのかと、もう一度ここで尋ねてみたい気がする。



今、韓国人は、サイパン、セブ、グアム、プーケット、モルジブなどアジアのビーチでバカンスを楽しんでいる。
この韓国人たちは、果たして、この島々の旗を知っているのだろうか?
サイパンやグアムのことを
「アメリカへ行って来る!」と言う!のだろうか?
私が、モルジブで会った気のいい韓国人ビジネスマンは、女!の話ばかりしていたが・・・
サイパンやグアムで免税店に行かないのだろうか?
スイスの大自然をものすごい勢いで通り過ぎていった韓国人団体ツアー・・・韓国人の嘆かわしい海外旅行の行状!なのだ。

田氏のとどめの一発は、日本人観光客が大勢タイに押しかけたから、15名の少女が売春婦に転落した!というものだ。
田氏は、だいぶ幻想を満喫してしまったようだ!
タイの少女売春は、何十年も前から存在していたものだ。それは、タイの社会が生み出したもので、転落という言葉こそ少女たちへの侮蔑ではないかと思う。

はっきりいって、田氏が批判した諸々はどうでもいいことだ!
現地の方々が迷惑と言ったわけでもない。
現地の方々が困っているわけでもない。





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