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TEI

 添乗の派遣会社が生まれたのは、1970年代後半である。
ツーリズム・エッセンシャルズ(ツアーエスコート協会)の三橋氏は、女性だけの会社というコンセプトのもと、東京・浜松町のライオンズマンションでこじんまりと産声をあげた。
そして、三橋、福田という二人三脚の下に、頼もしく魅力ある女性たちが集まってきた。
JALスチュワーデスという当時は花形の職業をキャリアに持つ三橋氏は、女性添乗員にとって憧れの的であった。とても輝いて見えた。

 その雰囲気に変化をきたしたのはいつ頃だったのだろうか・・・・
たぶん、1980年代の半ば、三橋氏は設立時のコンセプトを変更し、男性社員を雇用してからではないだろうか?
この男性社員H氏は、口から生まれたような、営業ぴったりの男である。
悪い人には見えないが、このH氏が加入したことによって、この会社の雰囲気は大きく変わったようにみえた。
その後のツーリズム・エッセンシャルズの経過からいえば、H氏の加入による変化は想定通りといえるのではないか。

その後、ツーリズム・エッセンシャルズは、営業重視の拡大路線にシフトし、三橋氏は自ら、業界団体、『日本添乗サービス協会』(TCSA)を立ち上げた。
この団体は、国土省からの理事を招き入れることにより、旅行業唯一の添乗公益団体の地位を確保した。
そして、JATAやANTAがおもにおこなっていた添乗員の資格「旅程管理主任者研修」の研修機関として認定されることになった。そのことによって、派遣添乗員はすべて、日本添乗サービス協会で資格を受領することになった。
そのことは、すべての添乗派遣会社は、日本添乗サービス協会の会員にならなければならないことを意味していた。なぜなら、日本添乗サービス協会の「旅程管理主任者研修」は会員会社のメンバーしか受講できないからである。つまり、ここの会員にならないかぎり、派遣会社は、添乗員の募集はできない!資格を授与することはできない!ということになるのだ。
このような、からくりにより、三橋氏の権威は上昇していったのだろう。
 しかも、三橋氏の仕切る『日本添乗サービス協会』(TCSA)は、ツーリズム・エッセンシャルズと同じ建物内に設けられた。このTCSA内で、「旅程管理主任者研修」が行われるのであるから、まるで、ツーリズム・エッセンシャルズで研修しているようになってくる。新人である研修生の誰もが不思議に思ったものだ。

 このように彼女は、添乗派遣会社と添乗員の元締めのように旅行業界では思われるようになった。
私は、三橋氏自身、そう思われることに居心地のよさを感じ、名誉におごり始めたのではないかと思う。

その三橋氏が社長を務めるツーリズム・エッセンシャルズは、事業をどんどん拡大し、添乗派遣業界の押しも押されぬリ-ディング・カンパニーとなっていった。

 1998年の長野の冬季五輪、2002年の FIFAワールドカップというイベントを一手に引き受け、成田空港では、独自の店舗を構えた。

 それがなんとなくおかしくなりだしたのは、2003年頃だろうか?2003年は、イラク戦争に始まり、SARS問題もあり、旅行業界は最悪の落込みであった。
 添乗員の需要も当然落ち込むのだが、その圧力はどの派遣会社も受けたはずだ。添乗員から、待遇の改善と仕事のアサイン要求があったはずである。それにもまして、ツーリズムエッセンシャルズの場合、三橋氏がいることで添乗業界での見本を見せてくれ!という雰囲気ではなかったのだろうか。
 添乗員待遇の改善するためには、どうしても旅行会社へその要求をつきつけるしかない。
 ツーリズム・エッセンシャルズは、不景気である旅行会社の立場を考慮しつつも、添乗員コストの削減などには応じようとはしなかった。逆に、値上げを要求し、旅行会社のコスト相応の添乗員しか派遣しなかった。
 旅行会社からしたら、今まで持ちつ持たれつでやってきたのではないのか!ろくな添乗員をよこさずに文句ばかり言って!と感じるようになった。
 成田空港などでは、今まで一番大きなブースを確保していたツーリズム・エッセンシャルズが、2001年に阪急交通社のバックアップで設立されたエアーサーブに取って代わられた。
 2006年、ツーリズム・エッセンシャルズは設立30周年を期に社名をTEIに変更した。
 昨今の旅行の低迷化や派遣社員の社会問題化にともない、派遣の多様化や他分野へ進出を視野においているようだが、どうなることやら、と思う。
 現在、TEIは、三橋滋子代表取締役社長が相変わらずワンマンだとの話しを聞く。息子さんも三橋氏の下で次期社長にむけてノウハウを勉強しているらしい。
 
 私には、TEIがリードして作り上げられてきたこの添乗業界がもう金属疲労をおこしているように思える。ここいらで、その牽引者である三橋滋子氏は社長職からリタイアしたほうがいいのではないか。しがらみがあって、今の体制のままでは進歩はまったく望めないのではないだろうか。一緒にTCSAの専務理事も退いたほうがいいと思うが・・・・・・
 TEIを息子に譲ろうとする家内工業的発想しか持ち得ない彼女が業界のリーダーになるべきではなかったのだ。
 
これは私の感想です。

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この記事に対するコメント

TEI

実はH氏の下にM氏という営業兼アサイナーが入ってから倍々ゲームの様に取り扱いが増えていった時期があった。まだJSIがなかったこともあるが、都内の海外旅行支店や団体旅行支店の仕事、国際旅行事業部などの大型店の仕事はこの二人の功績が大きい。
特に海虎や海旅市ヶ谷、海本などのTVはほとんどがTEIの担当だったし、今のメディアの前身である団体上野もTEIが押さえていった。
KNTも海外は虎海はほとんどがTEIだったし、ふれあいや熟年といったパッケージも数多く押さえていたし、国内もメイトのゆとりっぷという高額フルムーン旅行はTSよりもTEIが多かった。唯一少なかったのが当時の渋谷支店だったか!?これはTEI添乗員にとっては何より良かったはずだ。
大きな転機はH氏が体調を崩し退職したことと、M氏が前任者の退職で北海道に転勤せざるを得なくなり、二枚看板が居なくなったことだ。
添乗員だったM(別人)を営業で入社させていたが、これがとんだ食わせもので添乗員や旅行会社からはことごとく嫌われ大きく信用を落とす。
このMは今も居座り、我が物顔で部長として威張り散らしている。ベテラン連中はこのMの悪行の数々を知っているから、もう全然相手にはしていない。本人もそれを知ってか、新人研修で過去の武勇伝を話しているらしいがこの内容がお粗末極まりないようだ。
TCSAの研修委員をしているようだが、身の程をわきまえて、添乗員や営業の邪魔はしないでもらいたい。
TEIは残すべき社員には逃げられ、切るべきものが残ってしまった。
H氏は九州に帰り、M氏は異例にもフォーラムに転職した。両名には是非とも戻って頂きたいものである。
TEI添乗員

URL | None #-
2015/05/08 20:26 * edit *

No title

こちらでもTEIに関するブログやってます。
http://plaza.rakuten.co.jp/netsurfboarder/

URL | とら #-
2011/04/26 11:09 * edit *
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