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孤独と愛情

旅行中、現地の草木や犬猫などの動物に妙に反応するお客がいる。

「わあーーー!なんて、きれいな花なんでしょう!添乗員さん、何と言う名前の花なんですか?」

「わあーーー!かわいい犬!添乗員さーーーん、そう思わない!」

などと、添乗員なら一度や二度は必ず経験しているはずだ。

添乗員の立場でいえば、この手の質問は、ドキッ!とさせられると同時に、ほとんど答えようがないのである。専門家でもない添乗員にとって、ガイドブックに載っていないような質問は、想定外なのだ。

ただ、私の場合はそれ以外にもう一つ、「どうしてそこまで、感動するのだろう?」と思ってしまう。
私がもしかしたら変わっていくのかもしれないが、「花や生き物に愛しみを感じない人はおかしいんじゃないの!」といわんばかりの、大げさな感激!に、どうしても不自然さを覚えるのである。

普通に生きてきた中高年たちが、そんなことで、驚いたり感動したりするんだろうか?
とても鮮やかな色の花だなあ、とは思う。
観光の記憶にはなるであろう。
しかし、その花たちとの出会いは、普通の日常から特にかけ離れたできごとではない。
犬とて、同じである。
そこには、その対象物以外の問題が隠されている気がするのだが・・・・


 ある本に、花や生き物に強い愛着を抱く者たちの話しが載っていた。
その本とは、もう大分前にベストセラーになった、元無期懲役囚・合田士郎氏が書いた『そして、死刑は執行された』である。
 合田氏は、昭和36年の冬、東京下町の商店にピストルを持って押入り、金庫を奪って逃走した。その際、路地で出会い頭にぶつかった酒屋店員の青年を間違えて暴発したピストルで撃ち殺してしまった。その罪で、東京拘置所(巣鴨プリズン=現・池袋サンシャインシティ)に収監された。求刑は死刑だったが、裁判所の判決は無期懲役。その後、千葉刑務所、仙台拘置所にて、計16年(20歳~36歳)服役した。


合田士郎 『続そして、死刑は執行された』(恒友出版)発行:1987.10.31 より


《仙台拘置所(東京拘置所には死刑台がないので、死刑囚はこの拘置所で最後を迎える》
淋しがりやの死刑囚

 死刑囚は皆淋しがりやだった。
 逮捕されてから普通は五、六年で死刑が確定し、今日か明日かとビクビクしながら三年から五年は生かされる。
中には高裁で控訴が棄却されたその日に、騙しうちみたいに処刑された者もいるし平沢爺ちゃんや 佐藤先生のように三十年以上も生かさず殺さずの飼い殺しにされている場合もあるが。 
 同じ仙台送りでも懲役なら出られる希望はあるが、死刑囚は「執行が近いぞ」という事前通告みたいなものだ。
生きた心地がしない独居房に四年も五年もいたら、俺なんか絶対に発狂するだろうなぁ。

 そんな気持ちを紛らすように、死刑囚は何かに熱中する。

李珍宇はここで十姉妹(じゅうしまつ)を可愛がっていたそうだ。
赤掘は猫を飼い花も大好き。
「それは水やらなくてもいいんだ」と何度言っても「可哀想だから」と、せっせと造花にまで水をかけていた。
窓に飯粒やパン層を並べて毎朝、雀のご気嫌をとってた強盗殺人犯は朝顔も大事にしていた。
爺ちゃんの絵や佐藤先生の俳句も同じこと。

 その頃、柿の種を運動場の片隅にそっと埋めた死刑囚がいた。
やがて芽が出て、成長を楽しみにしていた彼は処刑されたが、後に柿の木は立派に成長し四、五十個の実をつけるようになったそうだ。
そして、まるで奴の魂みたいに、なぜか甘いのは一個だけ、他は全部渋かったそうだ(成長するまで放置した刑務所側も、たまには粋なことをやるもんだな)。
 中にはとぼけた奴もいて、ミツ豆の缶詰に入っていた桜んぼの種を植えてみたり、梅干の種を埋めたのもいたが、出るはずもない芽を待ちながら死んで逝き、とうとう自分も土の中に入ってしまった。

 親兄弟には見放され、女房や子供にまで逃げられた死刑囚(実際にそういうのが多い)は、遺体を引き取ってもらうあてもない処刑を待つ間、こうやって朝顔を咲かせ、菊を手入れし、小鳥を可愛がり、果物の種を植える……。
明日お迎えが来るかもしれない儚さを自嘲しながら、この世の名残りを小さな生命に託す死刑囚の淋しい顔には、さすがの俺も泣かされた。


(編集部注)島田事件の被告として死刑判決を受け、二十八年間、死刑の恐怖と闘ってきた赤堀政夫は、平成元年一月三十一日、静岡地裁で再審無罪判決を受け即日、三十五年ぶりに釈放された。



合田氏は、平沢爺ちゃん(帝銀事件の平沢貞道)と東京拘置所でも一緒だった。再び、仙台拘置所で再会した。

東京拘置所(巣鴨プリズン)東京拘置所(巣鴨プリズン)

李珍宇(日本名・金子)は、年齢が近かったこともあり、東京拘置所で合田氏が一番気が合った一人であった。彼は、昭和33年8月21日、東京平井の都立小松川高校で殺人・死体遺棄事件をおこし、昭和36年8月17日、最高裁で死刑確定。昭和37年11月16日午前10時、仙台にて22年の生涯を閉じた。もうすぐ命日ということになる。
・小松川女高生絞殺事件

小松川事件

合田士郎 『続そして、死刑は執行された』(恒友出版)発行:1987.10.31 より

 李珍宇の涙

 李珍宇は、途切れ途切れにその生い立ちや生活を俺に話してくれた。
なんでも朝鮮人部落の四畳半と三畳のバラック小屋に親子八人家族でザコ寝。親父は日雇い人夫の飲んだくれで、焼酎飲んだりパチンコに狂ったりで家の中は貧乏もいいとこだったらしい。挙句の果てに金に困っちゃあ人の物に手を出し、何回もブタ箱に入ってもうだめな親父だと李は悲しそうな顔をした。家には米粒もないのが普通だった。
 ロも耳もだめなお袋が不自由な体でニコヨンや内職やって食わせてくれたが、兄貴と李と弟妹四人の子だくさんで、芋の粉を練って団子にしたのとか、オカラに正油や塩をぶち込んだのが飯代わり。
 「学校に行くのが辛くてなぁ、皆弁当持って来るけど僕はいつも弁当なし。皆が美味そうに弁当食ってるのを横目に見ながら、涙こらえてがまんしてたんだ……」
「給食になった時は嬉しかった、本当に。だけど、金子君、給食代払わずに給食を食べてるって言われて……、悔しくて、惨めでなぁ・・・」
 それで学校にもあまり行かなくなったらしい。
十二、三歳の頃から日雇作業や土方人夫にも出たそうだ。
「僕がニコヨンやって幾らかでも稼いで、帰って金を出すと、お袋が泣いて喜んでなぁ」
「弟や妹も、兄ちゃんが稼いできた、お金持ってきてくれた。白いご飯が食べられるよって、はしゃぎ回るんだよ」
李はキツネウドン以上のご馳走を食べたことがない、とも言った。
そんな話をする時、李は目に一杯涙をためており、俺もずいぶん貰い泣きをさせられたものだ。
 獄の外で『李珍宇を救う会』のような団体ができて、助命嘆願書や署名運動に奔走してくれていることについても、
「有難いけど僕はいい、僕は助けんでもいいんだ。本当に僕を助けてくれるんなら、僕の親や兄弟を助けて欲しい。アル中の親父、唖(オシ)で耳も聴こえないニコヨンのお袋、家出をした兄貴、中学二年の弟と小学校六年と三年の妹。学費もかかる、生活も大変だ。 お袋の時計バンドの内職や日雇ぐらいではなぁ、それを思うと僕は……」
 と言いながら泣いていた。
 実はこの頃、彼はある女性が好きで、熱烈な獄中書簡というか早い話ラブレターを書き送っており、その何通か読ませてもらったこともあるが、その事実はまた別の機会に書く。
 本を読んだり手紙を書き綴る時以外、自室での李はせっせと請願作業に励んでいた。そして僅かでも金になると、お袋に飢えているであろう弟や妹に何か食わせてやってくれと、仕送りをしていた。
「おい金子よ、ラブレターや内職もいいけど、嘆願書や請願書も書いたらどうや」
俺は本気で心配し忠告したこともある。
なにせ十八歳の少年の犯罪。嘆願書の一つでも書いて出したほうが、罪一等を減じられて助かる可能性が強いんだがなぁ。
李は「分かってるよ」という顔で俺の言うことにも耳をかさず、袋貼りとコーナー作りに励み続けた。
 明日の生命より今日の生活費。
死刑を前にして監獄の中でまで稼いで送金する李の姿に、そしてそこまで彼を追い込んだ赤貧の境遇に俺は腹が立ち、何とも哀れでならなかった。
 夜の滅灯時間が過ぎて床に入ると、やっばり耐えきれないのだろうか。
李はよく「お母さ-ん、お母さ-ん」と叫んで号泣していた。
 人を殺したと言っても、少年だった彼だけを責めるわけにはいかないと思う。
現に奴はこんなに親孝行で兄弟思いの、人一倍優しい男だ。

小松川事件2



旅とは本来、辛いものであった。
辛いけど、その先に得るものがあった。
しかし、何も得るものがない旅もあるのかもしれない。
それが、「死出の旅」である。
死刑囚の旅・・・・・・・・・・・・・・・
ただ、どこかで、誰かが、その死から何かを得ることがあるかもしれない。

*つづき
元無期懲役囚・合田士郎著



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