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「無心」な旅とは・・・

 音楽プロデューサーとして有名な酒井正政利氏は、心理カウンセラーでもある。
その彼が、自分の著書の中で一つの旅の想い出について述懐している。

 その旅で、「皆、少年時代にかえったように無心であった」と酒井氏は述べている。
そして、旅が終わっても、「それで元の木阿弥かというと、そうではありません」と、その旅は自分の心に居心地のいい小部屋を残していってくれたのだ・・・・・・

『コンプレックスをバックに入れて』酒井政利著 工作舎発行

 
「果報は寝て待て」という。果報、つまり幸運は、人のカではどうすることもできないのだから、あせらず静かによい機会が来るときを待ちなさい、というわけです。ただし、この「寝て」について調べてみると、もともとは「練って」だったとか。なるほど「果報は練って待て」なのです。
 私の仕事の場合なら、たとえば新人タレントのプロデュースワークで、いくつかのバージョンを想定して企画を練り、そして、よい知らせ「果報」を待つというところでしょうか。
 「果報は寝て待て」という状態と同じようなニュアンスが、「無心」もあるような気がします。何の打算もなく、純粋な状態でいることを「無心」といいます。しかし、小さい子供が屈託のない表情で遊んでいる、その姿を「無邪気」とはいうものの「無心」とはいいません。
 「無心」とは、どういうものであって、そのような心の状態はどうしたら得られるのか。話は二五年前にさかのぼります。

 初夏、さわやかな五月のことでした。広告代理店の電通に勤める藤岡和賀夫さんからの一本の電話がきっかけとなって、私は「南太平洋の旅」に参加することになりました。
 タヒチ、サモア、イースター島などを巡る十五日間の旅とのことでした。誘いを受けたのはほかに作詞家の阿久悠さん、画家の横尾忠則さん、写真家の浅井慎平さん、評論家の平岡正明さん、仏文学者の多田道太郎さん、そして今は亡き版画家の池田満寿夫さんをはじめとする面々でした。
 電話の主である藤岡さんは「南太平洋の島々をめぐり、その先々でみなさんに感想を語り合ってもらえばいいのです」と、ずいぶん優雅なことを言う。当時の私は、ソニーレコードで七年目。南沙織、郷ひろみ、山口百恵のプロデュースを手掛け、まさに忙殺されそうな毎日を送っていました。十五日間も旅に出るなど、自分も周囲にとってもあり得ない状況でした。ところが私は、この誘いに最初から妙に乗り気だったのです。「費用は一切先方が負担するとのことですし」と、上司を説得し、旅への参加を決めました。

 八月、夏まっさかり。南太平洋に向かう機内には、まえもって名前を聞かされた人達のほかに資生堂とワコールのクリエーターもいて、なるほど、広告制作に関連するスポンサーがちゃんといるのだと察知しました。
 後から思えば、マスメディアの渦中で動き回るメンバーばかりを連れ出した、広告代理店のプロデューサーの発案による壮大な人間実験の旅だったような気がします。
 サモアでもイースター島でも、一人ずつべつべつに部族の酋長の家にあずけられたり、民宿に泊まったりしました。最初は、環境の変化にとまどい、食事が口に合わないこともあって、ナーバスな気分に陥りがちでした。しかし、そんな気持ちを癒してあまりあるのが、何よりおおらかで美しい自然でした。三日目くらいには、自分の順応カにあらためて感心するほどになっていました。

 何日かごとの夜には、メンバーがそれぞれの宿泊先から集まってきてサロンが開かれるという計画でした。なぜか二、三日ぶりに会うのでも、それぞれの顔がなつかしく思えます。各自が島での生活体験を話しだすと、誰の顔も少年に戻っているではありませんか。実年齢は三〇代半ばから四〇代なのに、伸びざかりの少年たちが未来を語り合っているようでした。そこに、もう一人の自分がいることに気づかされたのは、私ばかりではなかったはずです。

 このときの気分、つまり少年の表情になっている彼らの気分、そしてその話を楽しく聞き入れているこちらの気分、それこそが「無心」といえるのだと思います。こうした無心の状態は、人と人との良好な関係からしか生まれません。その一方で、南の島という土地の精霊とか空気感とかの影響も大きかったはずです。

 池田サロン、横尾サロンという具合に、持ち回りで開かれる場に集ったわれわれは、ときには日本から持って来たインスタントラーメンに舌つづみを打ち、誰もがあどけなく純粋な、あの少年の頃に戻っていました。腹の底から笑い、夢中で語り合いました。メンバーの誰かの口をついて出たように、そこは「時間が止まっている」ようでもありました。

「そうだ、東京との連絡もとっていない」という思いがよぎったのは、旅も二週間目に入ろうという頃でした。東京ははるか彼方、仕事をしていたことなど、とうの昔のことのようです。そんな錯覚に陥っていました。

 どんなに素晴らしい旅をしても、帰ってきて、またいつものように仕事を再開します。だからといって、それで元の木阿弥かというと、そうではありません。南太平洋の十五日間の旅は、今も心の片隅に「無心」という小さな部屋を残してくれています。
だから今もときどき、あのイースター島へ行きたいと思います。自分をクリーニングするために。



 あの旅から帰国後、メンバーそれぞれの仕事ははずんでいました。池田満寿夫さんは小説『エーゲ海に捧ぐ』で芥川賞(一九七七年)を受け、これに関連して私がプロデュースする「魅せられて」(一九七九年)が生まれ、レコード大賞を獲得しました。「いい日旅立ち」や「時間よ止まれ」も、あの旅がなければ生まれていなかったのです。
 その後ずっと、今にいたるまで仕事を続けています。混乱したり、急いだり、焦ったり、どうも思うように事が進まないというときもあります。そんなときは、そっと「無心」という空き部屋のドアを開け、自分の身をおいてみるのです。一日のほんのわずかな時間でいいのだと思います。
 そこにはもう一人の自分が待っていてくれます。



 これは何も、酒井氏の旅だけに可能なことではない。
普通のツアーでも、本来こんなもののはずだ。お客は皆、童心に帰っていく。想定外の発見に目がキラキラと輝いていく。これが、人はまた旅に出たくなる理由だろう。

 酒井氏は、「無心」という言葉で、その旅を表現している。
「無心」になるから、少年時代に戻れるのだろう!
「無心」になるとは、仕事のことを忘れ、日本の日常を忘れ、時間やお金という気づかぬうちに自分を縛っている諸々の価値観から開放されることである。または、そういう自分から抜け出して、その自分を遠くから見つめてみることである。
  
 旅行会社や添乗員は、その視点を失ってはいけないと私は思う。

 もうひとつ心配なのは、今の10代、20代というゲーム世代にとって、童心に帰るということはどういうことを意味するのか?ということである。旅するということは、その世代にとって、バーチャルゲームで遊ぶのと同じ感覚になるかもしれない。無感覚、無感動に旅をする若者が、現地の慣習おかまいなしに、無表情に闊歩する姿が目に浮かぶ。反対に、バーチャルゲームで十分といって、旅(移動)する気も起きないのではないだろうか。
 こういう世代にとっては、「童心に帰る」のではなく、「人間に帰る!」「子宮に帰る!」ための旅が本当に必要かもしれない。
 
あともう一つ、言い忘れたことがあった。
旅は、やはり、自分のお金で行かないと意味はないのではないだろうか。
これは、旅行会社にも言える。
旅行会社の者たちの大きな問題は、自分のお金では旅行をしないことだ!
ホテルや航空会社やランドオペレーターの招待、視察、エージェント・ディスカウントなら、喜んで旅行する。あご足付きでないと、旅行をしない旅行会社社員は本当に多い。これでは、お客の気持ちがわかるはずはない。



スランプに陥った酒井氏が、この人との出会いで救われたと言う。
今でも大恩人という、寺山修司氏とのコラボから出来上がった曲は、カルメンマキが歌って大ヒットした。





 
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