Home *  * All archives

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
tb: -- |  cm: --
go page top

横光利一の『上海』

 
 横光利一は、1928年(昭和3年)に、冒険的小説『上海』を発表した。
1925年、上海で学生や労働者を中心に起きた反帝国運動、 五・三〇事件をモチーフに、海外でうごめく雑多な日本人の生態をその中で教えてくれた。

精緻な表現、すばらしい語彙力で、当時の上海をまるでドキュメンタリーでも見ているように、感動させてくれる。それは、今の作家ではなかなかお目にかかれない、新鮮さがあった。

その横光利一の友人でもある詩人・金子光晴が、横光と上海で出会ったときのことを『どくろ杯』の中で書いている。
それを読むと、『上海』を書いた横光利一のイメージとかなり違うことに驚かされる。
『上海』の主役は、とても、ニヒルな2枚目のような感じでいたのだが・・・・・・

・・・・横光利一が来て、旧交をあたためたことぐらいが出来事だった。横光はいなか者丸出しで、ゼスフィールド公園のロ-ンをあるきながら「高田の馬場とおんなじや」と言ったり、永安公司の支耶浴場で、国木田(国木田独歩の息子・虎雄)と三人並んで、靴の紐から、帽子、外套、上着、ズボン、シャツ、猿股と、一手をうごかさず脱がせてもらって裸にされながら、「わからんなあ」と首をひねって感心したり、「ブルー・バード」のホールで、ダンサーの静公(しいこう)に踊ってもらいながら、「生れてはじめてや」と、おっかなびっくり庇っぴり腰にしていたのが、愛嬌者であった。



上記の金子光晴は、1927年(昭和2年)3月のことである。
もしかしたら、横光は、1925年の上海の五・三〇事件を実際に自分の目ではみてないのかもしれない。類稀な想像力で、小説『上海』をかいたのかもしれない。
その後、横光は、パリをモチーフにした『旅愁』を発表する。
フランス文学の専門家によると、この『旅愁』におけるパリの風景はけっこう間違っているらしい。こちらも、類稀な想像力で、書き上げたのかもしれない。






tb: 0 |  cm: --
go page top

トラックバック

トラックバックURL
→http://intouch.blog56.fc2.com/tb.php/189-687f8997
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
go page top

新着記事+関連エントリー

カレンダー

カテゴリ

最新コメント

プロフィール

ブログ翻訳

旅行業の本

添乗に役立つ本

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。