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小田実・・『遺す言葉』

 今日は、作家・小田実の命日である。
2年前の2007年7月30日、ちょうど、安倍内閣の参議院選挙の大敗を見届けるように、亡くなった。

彼は、『何でも見てやろう』以来、死ぬまで、一貫して市民派であった。
常に、市民のための世界ということに軸足をおいて、死ぬまでそれがぶれることはなかった。
年齢とともに、保守的になり、体制に迎合し、名誉にほくそえみ、「若いころとは違うんだよ」と平然と言ってしまう者がほとんどのなかで、死ぬまで、弱者である自分を含めた市民のために、活動していた。

2001年の同時多発テロ以降、市場原理主義がもっともらしく強調され、「弱者というのは、自分の努力が足りないんだ」という嘲笑なかで、「勝ち組」「負け組」という言葉が、誰からも平然と口から出るようになった。
こういう考えの対極にいたのが、小田実だった。
テレビや新聞は、市場原理主義の太鼓もちとなった。
当然、マスコミは小田実を避けて通るようになった。
もともとの右翼だけではなく、ネットではびこるプチも、ここぞとばかり、小田実を攻撃した。
特に、小田が、北朝鮮について、過去に「いい国だ」と発言したことを問題にした。
もともと、小田実は、べ平連の頃に、北朝鮮とのパイプを持っていたようだが、小田の言動は、反戦、市民主義の現場で最善と思われる処方を模索していただけだ。
だから、当時、北朝鮮を日本やアメリカよりいいと言ったのは、べ平連の代表としてはしごく当然であった。
そのことと拉致問題とは、まったく別な話であるが、拉致を国家ぐるみでおこなう国を小田が賛美していた、という論調を右翼は好んだ。
小田は拉致問題について、犯罪と認めている。

小田実が亡くなられた後、NHKで追悼番組が組まれた。
その「遺す言葉」のなかで、病院のベッドに臥せりながら言った言葉が忘れられない。
彼は、明治維新後の日本人が一生懸命努力し、繁栄を謳歌するも、その活力を世界を巻き込んで間違った方向へ筋立ててしまったことに嗚咽する。
だが、小田は、日本はアカンというんではなく、日本は価値のある国だと見直してほしい、という。
日本人って、その程度じゃないだろ!
日本人って、もっと、期待してもいい国民だろ!
日本人って、信じるに足る人たちじゃないのか!
私は、信じているんだ!という意味のことを言っていた。

(*私はよく外国で、よその国の旅行者にいわれた。「私は日本人だけは信じている」と。「日本人は、まじめで、嘘をつかない」と。私は、そんなことあるか?とその時思うが、確かに、相対的には、そういう悪意のある日本人はあまりいないようだ)




そのNHKの「遺す言葉」で、私の好きなフレーズを命日に噛みしめようと思う。

           「人生ってそんなもんやろ・・・・・
           ワーッとやんなきゃ できないよ・・・・・・・・
            ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

            これでよしとしよう 」







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