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HISと『オデッセイ』と『地球の歩き方』

『旅へ』野田知佑著より


 アテネのユースホステルの泊まっている人間は、はっきり二つの種類に分けることができた。
一つは大学、大学院に在学中、最終学年で就職先も決まり(フィアンセまで決まっているのもいた)学生最後の休みを楽しんでいる者。
または一年休学して世界漫遊の旅の途中。
または海外青年協力隊、平和部隊でアフリカ諸国で働き、任期を終えてその帰途、ギリシャに寄った者たち。
 もう一つはそんな世の中の流れに乗ってない連中だ。学校を中退、会社を辞めてとび出して来た者、ある者は兵役から、ある者は結婚から逃げ出して来て、何をしていいのか判らずぶらぶたしている者。つまり「落ちこぼれ組」だ。
前者は明るく、知的で、自信に満ちていて、颯爽としていた。惨めな挫折や、自己憐憫とは縁がなく、明朗で、楽しい空気が彼等の周囲に漂っていた。この人たちは帰国すれば敬意をもって世の中に受け入れられ、社会の主流に乗って中産階級の人生を歩むのである。
 彼等は美しかった。・・・・・・・・
 片やわれわれ「落ちこぼれ組」は失敗、ヘマ、失恋、挫折を重ね、屈折した体験がそのまま顔や体の表情に出ていて、まったく可愛げがなかった。
自己嫌悪、卑小感、無力感をいつも味わっているので暗い顔をしてふてくされていた。
「青春組」は忙しげに、きびきびと動いていた。
彼らはもう人生の予定がきっちりと世の中の動きに組みこまれていた。何日後に帰国、そこから逆算して、それまでやるべきことを決め、毎日のスケジュールにしっかり組んでその通りに行動していた。
今日は何と何を見、明日はあそことここに行き、アテネの名物レストランでギリシャ料理を食べて、これでギリシャを卒業、といった具合だ。
そんな風に計画を立てて行動すること、そして、計画を立ててもうまくいったことなどなかったから、唯々、ぼくは感心して見ていた。
とても敵わない、と思った。
 一方、「落ちこぼれ組」は動作がのろのろしていた。
予定が何もないのだから、てきぱきと動きようがないのだ。
何をするという「あて」もないので椅子に座って本を読んだり、ベッドに横になって天井のシミを見ている者が多かった。
「落ちこぼれ組」の唯一つの拠り所は「反抗の美学」だったろう。
まわりにいる詰まらない大人たち、あんな大人になってたまるか、というのがたった一つの心の支えであり、張りである。
 
 両者の違いは朝起きた時にはっきりと表われていた。
「青春組」は目覚めた瞬間から幸福なので大声で話をした。
朝食のテーブルで、前日のアテネ探訪の話をする。どこそこのレストランで食べたギリシャ料理はおいしかった、とか今日はパルテノンの野外劇場にギリシャ悲劇を観に行く、切符は大丈夫、1週間前に予約して良い席をとってあるんだ、などと仲間と話している。彼等はすぐに仲間を作り、グループで行動した。
「落ちこぼれ組」はばらばらで決して徒党を組まず、いつもむっつりと一人でいた。
「青春組」がワッとはしゃいだりすると、本を片目で読みながら食べている「落ちこぼれ組」の誰かが「静かにしろ」とドスの利いた声で注意を与えたりした。・・・・・・



 20,30年以上前に『オデッセイ』という旅行情報誌があった。
この情報誌は、「海外ひとり旅」向け、年4冊発行されていたが、手作りのような雑誌で、よっぽど大きな書店以外扱っていなかった。
 この当時のガイドブックといえば、ブルーガイドやJTBなどが有名だったが、内容は、JALPAK、ルックなど、お仕着せパックツアー向けの超大雑把な観光案内であった。
地図は雑だし、現地インフォメーションは、最新版なのに情報が古かったりと、今だったら、ユーザーが怒って然るべき内容だった。
当時、旅行とは、パックツアー以外考えられなかった時代である。一応、本屋でガイドブックを購してみたが、一度もページをめくらずに、そのまま本棚にしまうことになってしまった者がほとんどだったと思う。よって、内容の古さなど知るはずもないのである。
 
 そんな時代でも、意識すれば、海外がチラッと見えるときがある。
テレビでは、日曜の朝に兼高薫さんが、世界中を飛び回っていたし、図書館に行けば、大使夫人が書いた優越感で満たされたエッセイを見つけることができた。

お金がないけど暇はある、そういう輩が『オデッセイ』に出会ったときの感動は想像を絶するほどであろう。
自分でも何とかできる!そういう期待を持たせてくれる本。
この「オデッセイ」ほど、信憑性のある役に立つ情報を掲載していた雑誌はなかったであろう。
当時、海外ひとり旅を目指す者にとっては、バイブルであった。


 1979年、あの「地球の歩き方」のヨーロッパ編とアメリカ編が発行された。
このガイドブックは、「一人歩き」というより「自由旅行」を目的としている。
パックツアーではなく、もっと自由自在に自分でプランつくりをして、手段としての旅の意義を感じ取る目的で発売された。。
発行元であるダイヤモンドビック社は、本の出版と併せて、「ダイヤモンドスチューデントツアー(DST)」を企画し、主に学生へ向けて、就職する前に、「見識を広める旅」を推奨した。(当時はまだ旅行会社ではなく企画会社であった)
もともと、ダイヤモンドビック社は、学生向けの就職情報誌を提供している会社なのだ。


『オデッセイ』と『地球の歩き方』
『オデッセイ』は、個人で手作りしたようなガイドブックであり、『地球の歩き方』は、大手の出版社がコンセプトを持ち出版したガイドブックである。
読者の投稿で成り立っているところは、両者ともよく似ているが、『オデッセイ』の投稿は、長期ひとり旅行者が多く、『地球の歩き方』は、やはり、夏休み、冬休み期間旅行者(学生)が多い。
つまり、『オデッセイ』という情報誌は、どちらかといえば、野田氏のような「落ちこぼれ組」用のガイドブックで、「地球の歩き方」は「青春組」のガイドブックであった。


 『地球の歩き方』は、その後、インド編やハワイ編、オーストラリア編などで、自由旅行者の希望に答えていくが、1985年以降に一気にタイトルを増やしていった。
特に、1980年代後半のバブルの勢いに歩調を合わせるように、アッというまに全世界中をターゲットにしてしまった。
新たなタイトルの『地球の歩き方』を手に取ると、以前のヨーロッパ編のような学生の良心から生まれた夢は感じられず、自由旅行で金儲けしよう!という会社側のコンセプトが前面に出ている気がした。
 それぐらい、どの地域も、雑な内容だった。
以前でも、「地球の歩き方」ではなく「地球のだまし方」だ!などと揶揄されていたが、これでは、相当のクレームが来るのではないかと心配になった。

しかし、それに気づくほど長期の旅行をしないOLやサラリーマンが、この「地球の歩き方」を手に取り、自由旅行市場に参入してきたようだ。
 この者たちは、ちょうど、「ダイヤモンドスチューデントツアー」の黎明期に学生時代を迎えた層と一致する。
この層が、就職した後も、働きバチとはならず、休みを取っては自由旅行でリフレッシュし、その者の友人や兄弟や両親などを、この市場へ勧誘してくれた。
『地球の歩き方』さえあれば、気軽なパッケージ旅行ができ、しかも、ツアーのような団体行動のわずらわしさはないと彼等は感じるようになったのだ。

私のような「落ちこぼれ組」の旅行者にとっては、「地球の歩き方」の商業主義にがっかりしたが、豊穣な時代に育った大部分の「青春組」旅行者にとっては、「地球の歩き方」さえ持っていたら、プチ自由が味わえるのだから、無理して集団社会のパックツアーに参加する意味はない。
 1990年少し前ぐらいから、どの国でも、「地球の歩き方」の提案したコースを、ガイドブック片手に素直に回っている日本人でごった返すようになった。
間違えて、そのルート上に足を踏み入れると日本人の突風に巻き込まれてしまう。逆にそのルートをはずすとほとんど日本人と出会うことはないのだ。
 まあ、これは、どこの国のガイドブックにも言えることなのだが。


『地球の歩き方』の登場は、「旅行業」にとって、「革命」と呼べるくらい大きなできごとだったはずである。
しかし、大手旅行会社は、その衝撃度に鈍感であった上に、何十年も養ってきたスキームを変更する柔軟性も機動力も持っていなかった。

そんな中で、スキームを変更せずに時流に乗れる旅行会社があった。
それは、もともと長期ひとり旅用の格安航空券販売をメインの手がけていた面々である。
それまで陽の目を見ることなく、細々と営業していたこの面々に暖かな風は吹き始めたのだ。
そんな者たちのなかで、人一倍、向上心をもっていた澤田氏の会社「秀インターナショナル」が、暖かな風をうまく乗りこなして、いっきに天まで舞い上がっていった。

 この会社の設立以来の過程をみると、『地球の歩き方』の拡大路線とぴったりと符合する。
1980年「秀インターナショナル」設立、1990年、「HIS」に社名変更、
*HISは1989年にはじめて「Chao」のブランドを出しているので、売上げが急上昇したのは、たぶん1985年~1989年の間ではないか?いつ一般旅行業を登録したのか会社沿革には書いてないのが少しいかがわしいが・・・・・・・
「青春組」が自由旅行の多勢を占めるにしたがって、「落ちこぼれ組」は見向きもされなくなった。
とくに、商業ベースでは、お金儲けの対象にどうみたって成りようがなかった。

『オデッセイ』は、いつのまにか、なくなっていた。

DSCF1715.jpg「オデッセイ」vol.33 1985年

DSCF1718.jpgHISは、「オデッセイ」に広告をだしていた
このときは、隣のマップのほうが大きかった!今はHISの子会社だ!

DSCF1720.jpg

DSCF1723.jpg
この号には、今は亡き、ペルーのリマで「ペンション西海」を営んでいた西海さんのインタビューが載っていた。「落ちこぼれ組」にも「青春組」にも伝説の人だった。
彼は、そのインタビューの最後に、
「いいですよ。やっぱり。
インディオがいいね。
アンデスは。
金は安くあがるしね、いいとこですよ。」


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