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アンドレ・ジイドの旅

フランスの文学者、アンドレ・ジイドは、よく旅をした。

FAGX[1]

アルジェリア、モロッコ、コンゴ、ソビエト、イタリア、ギリシア、セネガル・・・・・・・・・・・・・

Gide au Congo, 1925, photographie de Marc Allégret(ジイドが行った80年前のコンゴ)
Gide_au_Congo[1]


そして、資本主義を非難し、キリスト教を非難し、ヒトラーを非難した。
気をよくしたスターリンに招かれて、ソビエトへ行き、帰ってくると、共産主義を非難した。
アフリカのフランス植民地に行き、アフリカ人に対するフランス人の非人道的行為を非難した。

それは、旅によって、自問し続けた結果ではないか。
常に、既成観念に囚われなかったのは、彼が、旅人=エトランゼだったせいではないか。
否、既成観念を嫌ったから、旅を愛したのかもしれない。






      (『日記』アンドレ・ジイドより)
      人生の規則に従って行動するなどと主張する者は、
      その規則がいかに美しいものであろうと、わたしにはばかに見える。
      あるいは、少なくとも人生を利用することのできないーーー
      つまり人生から学ぶことのできない不器用に見える。
      いずれにしても、がまんできない連中だ。
      



1897年28歳のときに、散文詩『地の糧』を発表する。
『地の糧』は、3年間のアフリカ旅行の体験をもとに書かれた。
その冒頭で、旅によって、知識の破壊活動が起こると言っている。
そして、それはとても有益であると。




     (『地の糧』アンドレ・ジイドより)
     ほかの人々が本を著わしたり、仕事をしているあいだに、
     わたしはこれと反対に、頭で覚えたものをことごとく忘れるために、
     三年間を旅行ですごしてしまった。
     こうした知識の破壊作業はなかなかはかどらず、困難なものだった。
     これは人々から課せられたどんな学問よりも有益なもので、
     まことに一つの教育の初まりであった。




ノルマンディ地方の村キュヴェルヴィルにお墓と邸宅が残されている。
(観光地ではないようです)

N-France-02420Resized[1]Cimetiere de Cuverville

N-France-028[1]Maison d'André Gide Cuverville


今のコンゴ(DRCongo)




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