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『何のためにある?日本大使館』 その後

6月16日に「何のためにある?日本大使館」というブログを書きました。
そのなかで、私がパスポートを紛失した件を書きました。
丁寧に読んでいただいた方から、メールにて、「その後どうなりましたか?」というご質問をいただきました。
大切な時間を私のブログに費やしていただきまして誠にありがとうございます。




(前回の内容)
 ある国で、私はパスポートを失くした。
落胆している私の姿をみて、宿の主人が、
「心配するな。自分は、日本大使館の人を知っている。今から電話してあげるから」
と親切に励ましてくれた。
その気持ちだけで嬉しかったが、その宿の主人は、本当に知合いの大使館職員に電話してくれた。
主人が少し、話したあと、ハイ、と電話を私に回した。
「もしもし、・・・」と私は言うと、いきなり、
「パスポートを失くしたっていうのは、おまえか!休みの日に電話なんかかけさせるな!かけるんだったら、人に頼まずに、自分で電話しろ!」と怒鳴られてしまった。
「・・・・・宿の主人が、わざわざ・・知り合いだというもので・・・」
「知り合いでもなんでもない!たった、一回会った事があるというだけだ!」
私の前で、心配そうに私をみつめている宿の主人の顔がちらつく。
「・・・・・もう、あなたには頼みません!」
と言って、私は、電話を切った。
こんな奴に頼むぐらいなら、密出国、密入国でもしたほうがいいと思った。
私の前で、「大丈夫だったか?」と聞いてくる宿の主人の顔をみていると、本当のことが言えず、
「ああ、本当に助かった!あなたのおかげで、うまく行きそうだ!ありがとう!」
後々、電話で話した大使館の横柄な係員は、大使そのもの!だったことがわかった。




(その後)
上記の電話をかけた日が、日曜日だった。
私は、翌日の月曜日・午後発の日本帰国便の航空券を持っていた。
こうなったら、パスポートなしで、空港へ向うしかないかと思った。
そして、係員に、「空港にて紛失してしまった。どうにか出国させてくれ!」とお願いしてみよう!
そんなことが本当にできるのか、と思う者もいるだろうが、海外の場合、法律とは人間がつくるもの!とでも考えているのか、係員によってはたまに、「わかった」と言って通してくれることもあるのだ。
この空港さえうまく通過できれば、あとは、直行便のため、日本まで検査はない。
日本に到着できれば、もうほとんど問題ないのだ。

いざ、翌日、早目に空港へ行って、航空会社のチェックインカウンターで、「パスポートを今落としてしまったのだが、チェックインできないか?」と聞いてみた。
カウンターにいた女性係員は、「オーッ」と突拍子のない声をあげて、エアポート・ポリスの場所を指し示し、すぐそこへ行きなさい!と指示をした。
私も、「オーッ」と声をあげてみたが、私があまりあわてていないことに、この女性係員は再び、「オーッ」とビックリしていた。

エアポート・ポリスのところへいって、少し?嘘をついて状況を説明し、「これから、飛行機に乗らなければならないが、どうにかならないか?」と頼んでみた。
ポリスは、電話を一本かけると、私を、イミグレーション・オフィサーのところへ連れて行った。
このオフィサーはとても親切であったが、あなたの身分を保証するものがないとやはり出国許可は出せないと言った。
運転免許証を見せてみたが、それを手にしたこのオフィサーは、哀れそうに私をみつめると、首を斜めに一回振っただけだった。
それならばと、私が、「今回の件で、そちらにご迷惑をかけたときは、一切を賠償しますというような誓約書を書くから」と言ったが、オフィサーは再び、哀れそうに私をみつめると、首を斜めに一回動かしただけだった。
それならば、とその誓約書をクレジットカードでギャランティ(保証)すればどうか?ともいってみたが、これも徒労と終わった。
すべてのコマを使い果たした私は、あきらめかけて、外へ出ようとすると、
オフィサーが、「こちらで、あなたの身分を保証できる方がいれば・・・・・」と言った。
ふと、考えたが、誰も知合いはいない。
すると、オフィサーが、
「日本大使館はどうか?」
日本大使館!
急に昨日のあの横柄な電話の相手を思いだした!
〈あんな奴に、絶対頼みたくない!)
私の心の中では、「もういいや」という多分あきらめがあったのだろう。どうしても、という強い意志も、急用もなかったのだ。
「もういいよ。もう一度、出直してくるよ」
「そうか。気を落とすな。もう一度、エアポートポリスに寄ってみろ。パスポートが見つかっているかもしれない」
私は、もう一度、エアポートポリスに立ち寄った。
パスポートが見つかっているはずはない。だって、ここで紛失したのではないのだから。立ち寄ったのは、大使館に提出すための「ポリス・レポート」(紛失届)を作成してもらうためだ。

結局、大使館に行くはめになってしまった。
ただ、前日の電話相手と話すわけではなく、窓口にて申請手続きするだけである。
直接日本へ帰るだけなので、『帰国のための渡航書』という仮旅券のようなものを申請した。これならば、翌日には必ず交付される。
そのとき、先日電話で話した相手が誰だったのか?窓口にて係員に、覚えていた先方の名を出すと、「大使です」とのことだった。

航空券を買い直すなど費用がかかってしまったが、とても勉強になった。




(前回の内容)
こんなこともあった。
またまた、パスポートを失くした。
パスポートを失くしたというより、持っているものを全て失くしたと言ったほうがいいかもしれない。
そう、全てを盗まれ、唯一持っているものは、自分の身に付けていた、数枚の現地紙幣とコインだけだった。
このときもガックリと落ち込んだ。
そして、まず、考えたことは、お金をどうにかしないといけないということだ。
ポケットに入っているお金で、日本に連絡し、どうにか当座の資金を送金してもらおう!
ただ、このremittance(送金)をするのにも、パスポートナンバーが分からないと、その受取は不可能である。
パスポートの再発給申請(2005年再発給制度廃止)を日本大使館に依頼するにしても、お金がかかる。とにかく、日本大使館へ行って、相談してみよう。できたら、後払いで了承してもらえれば、助かる。
ここは、大都市であったので、日本大使館も大きかった。
私は、どうにか、窓口までたどり着き、相談の旨を伝えた。
数分後、窓口に忙しそうに登場した男性係員は、無表情に私の一連の話を聞いた後、一言こうつぶやいた。
「それで、あなたは、日本人ですか?」
「・・・・・・」
「あなたは、日本人ですか?」
「ハア?」
相手が何を聞いているのかわからなかった。私が、日本人であることを前提にすべてお話してきたのだから。
「あなたは、日本人ですかって聞いているんです!」
とそのうち怒り出す。
「ええ、もちろん、日本人です。そのパスポートを紛失したので、こうやって手続きをお願いしにきているんです・・・・」
「それでは、証拠をみせてください!」
「証拠?・・・・なんの証拠ですか?」
「日本人である、証拠です」
「・・・・・・日本語・・・も喋りますし・・・日本の住所、本籍も言えますし・・・・・日本へ連絡していただければわかると・・・・・・・」
「そんな証拠ではありません!そんなことは、誰でも言えます!ちゃんとした証拠をみせてください!」
「・・・・しかし、私は、すべて盗まれてしまって、・・・」
「それなら、証拠を見つけてから、来て下さい!」
といわれて、そのまま、窓口をピシャッ!と閉められて二度と開くことはなかった。
怒りというより、もう涙が出そうであった。




(その後)
 この時の私は、神経がかなり過敏な状態だった。
だから、日本大使館に対して、何かを思うというより、「ああ、もう日本人じゃないんだなあ・・・・」という自己嫌悪感のほうが強かった。

実は、この荷物がなくなった場所は、長距離列車の中であった。
このころ私は、ちょっと嬉しい事などあって、注意散漫で、安全管理についても無頓着であった。
だから、列車に乗ったときも、荷物置場に、すべての荷物を置くと、呑気に自分の席につき、外の流れ行く景色を楽しげに眺めていたのだった。
貴重品などという感覚はなく、パスポートだろうと現金だろうと、全て、荷物置場に置いた一つの大きなバックに入れたままだった。

終着駅で荷物置場をみると、私の荷物がないではないか!
よく見てもない。場所を間違えたのかと思い、車両の反対側へ行ってみたが、そこにもない。降りていく乗客が間違って持っていっていないかとプラットホームを目で追うが慌てているせいか、よくわからない。

乗客の誰もいなくなった列車のなかで、ただ一人、放心状態の私が立っているのだから、奇妙に思ったのだろう、車掌のような制服をきた男性が、私の傍に来て何かを言った。
たぶん、どうしましたか?のようなことを現地語で聞いたのであろう。
私は、身振り手振りで、自分のここに置いた荷物がなくなってしまった、ということを相手に伝えた。
男性は、「わかった、わかった」というように私の肩を叩くと、ついてきなさい、と手振りで私を駅の一室の事務所まで案内してくれた。
そこには、英語のわかる女性職員がいて、こちらの事情を聞きながら、報告書のようなものを作成してくれていた。
そうあわてている様子もなく、時よりにこやかに微笑むこの職員の顔を見ているうちに、〈もう、二度と荷物が出てくることはないだろうなあ〉と思った。

私が悪いのだ。私が無頓着にも貴重品を入れたまま、あんなところに置いたのが悪いのだ。しょうがない。きっと、誰かに盗まれたんだ。盗まれたものが出てくることなんてありえない!でも、もしかしたら、パスポートだけ見つかるかもしれない。泥棒にパスポートは必要ないだろう。いや、泥棒じゃなくて、誰かが間違って持って降りたのかもしれない。それなら、気づいた時点で、返ってくるかもしれない。そんな虫の良すぎる話はないだろう。きっと、盗まれたんだ。もう、だめだ・・・・・・

案の定、私の話を聞き終わると、その女性職員は、一緒に警察まで行きましょう、と近くの警察署に連れて行った。
そこでは、その女性職員が担当者に、主な内容を話してくれ、私は、用意された椅子に、打ちひしがれて座っているだけだった。
警察が作りあげた報告書を私に手渡すと、
「これは、パスポートの再発行のため、日本大使館に出してください」と女性職員が言った。
「荷物が見つかることはありませんか?」
「・・・・荷物が出てくることはあります」と微笑んだ。
「お金がありませんね。お金が工面できるまで、泊めてもらえるホテルを捜しましょう!」とこの女性は駅前のホテルへ私を案内してくれた。
そのホテルは、中級ホテルであったが、お金のないうちひしがれた私には、まぶしいぐらい光っていた。私は彼女に言った。
「すいませんが、もうちょっと、安いホテルありませんか?」
彼女はしばらく考えていたが、
「外国人観光客が泊まるようなホテルではありませんが、それでもいいですか?」
「それでかまいません。できるかぎり、安いところでお願いします・・」

細いクネクネした路地を少し歩き、市場、雑貨屋などが混在した一角にある食堂の中をさらに進むと小さな間口があった。
そこが目的地であった。
さっきの中級から真っ逆さまに堕ちたような木賃宿である。
「ここで、大丈夫ですか?」
少し、心配顔で私を見る彼女に、
「ええ、ほんとうに助かります」
と答えた。
「ときどき、荷物の確認へ事務所に立ち寄ってください」と言い残すと、彼女は去っていった。

私は、暗い部屋のベッドに腰をおろすと、とにかく何かをしなくてはいけない、けど、何から始めたらいいのか、と考えた。
ズボンのポケットに入っていたお金では、こんな木賃宿でも数日しかもたないであろう。
とにかく、パスポートがなければ何もできないのではないか!
そして、パスポートのために、証明写真を取らなければと、大通りのフォトショップへ行き、顔写真を撮った。
写真のでき上がりは、翌日だったので、翌日にそれを受取ったあと日本大使館へ手続きに行くことにした

その後、日本大使館で、上記のような扱いを受けたのである。

日本大使館から外に出ると、行きかう人々が無性にまぶしく見えた。
自分が惨めで、何でこうなったんだ!と心の中で叫んでいた。
そうだ!こいつらが悪いんだ!ここの国民が悪いんだ!バカで泥棒ばっかりじゃないか!こいつらのせいで、俺はこんなことになったんだ!一生恨んでやる!日本でこいつらを見かけたら、絶対盗んでやる!木賃宿までの帰り道、行きかう男や女をみては、どいつが取ったんだ!と睨みつけていた。

木賃宿の入口を兼ねた食堂の椅子に腰をおろすと、疲れが頭からつま先まで押し寄せてくるのがわかるのである。
「はあ、どうしようか???」
遠くで人の声がするので、「ハッ」と顔を上げると、すぐ傍らに食堂のオバサンが立っていた。
「アッ、そうか、注文か!」
そういえば、昨日から何も食べていない。
オバサンはニコニコしながら、手振りで何か食べるか?のようなマネをしている。
私がうなずくと、しばらくして、2,3品の食事を私のテーブルに用意して、
再び、手振りで、「さあ、食べろ!」といように合図する。
まったく空腹感はなかったのだが、何口か口に含むと、空腹感がよみがえったのか、とてもおいしく平らげてしまった。
やはり食べなきゃダメだな。
オバサンにお金を払おうとすると、再び手振りで、「いいよ」と拒否する。
そのとき、オバサンの娘さんらしき人が帰ってきて、その女性が英語で通訳してくれた。
「駅の人からあなたのことは聞いています。荷物がなくなって大変って聞いています。荷物がみつかるまで、お金はいいですよ。荷物が見つかるといいですね」とその女性は私に言った。

たぶん、私の目は潤んでいたと思う。
それは、オバサンの親切に対する嬉しさと、このような人たちを一瞬でも憎んだ自分に対する悔しさにである。
私は、お礼を言って、店の外に出た。
すると、市場の人も雑貨屋の主人もみな話しかけてくる。
皆、私のことを知っているのだ。
そして、「まあ、心配するな。元気出せ!」
「困ったことがあれば、相談しろ!」
というようなことを言ってくれているのだ。

「ありがとう!ありがとう!」と何度もお礼を言った。
私は、昨日から神経が張り詰め、自虐的になっていた自分が腹立たしかった。
なんて小さなことで悩んでいたんだろうか!
大きな憑き物が落ちたような気がした。
きっと、どうにかなる、と感じ入るようになった。

その後、本当に、のんびりと行動した。
日本に電話をかけ、銀行から送金してくれるように頼んだ。
送金の受取りには、パスポートが必要だが、どうにかならないか、銀行に交渉してみた。
こちらの窓口の係員は上司と相談してみますので時間をくださいと親切に応対してくれた。
もう一度、日本大使館へ行こうとは思ったのだが、なかなか足がそちらのほうへ向かなかった。
パスポートはどちらにしても必要なものだから、最終的には日本大使館へ行かなければならないのだが、「あなたは日本人でない!」といわれたようで、気が重いのだ。
次行くときは、日本から戸籍謄本を送ってもらってからにしようかと考えるようになっていた。

こんなふうにゆっくり考えてから一週間目ぐらいだったと思うのだが、夕刻、私が木賃宿に戻ると、オバサンが、うれしそうに、身振り手振りと現地語で、
「駅へ行け!荷物がみつかったらしい」
と教えてくれた。

荷物を開けてみると、電化製品類は無くなっていたが、パスポートとわかりずらい場所にしまっておいた現金すべて、無事であった。

もう、日本大使館へ行かなくてすむ!と思うと本当にホッとした。
今では、あのとき撮った証明写真のやつれた自分を見ては、自分に渇を入れております!


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