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エジプトの水

*東日本大震災で全世界からの日本人に対する称賛
上記のブログ様が言っているように、震災後の日本人を世界中が賞賛している。

 我慢強さ、礼儀正しさ、暴動や略奪など起こさず互いに気遣い助け合う精神力・・・・・

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 やはり褒められると日本人として嬉しい。
 
 ただ、下記のエッセイで、著者・色川武大こと阿佐田哲也氏の言っていることも何となくわかる。

色川武大・阿佐田哲也エッセイズ〈1〉放浪 (ちくま文庫)色川武大・阿佐田哲也エッセイズ〈1〉放浪 (ちくま文庫)
(2003/06)
色川 武大、阿佐田 哲也 他

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エジプトの水

私はどうも自然というものが嫌いな男で、日本人としては珍しいタイプなのではないかと思う。月、雪、花、山、海、川、みんな嫌いだ。嫌いというのは、憎らしいという意味ではなく、怖い、というのに近い。
 山が怖い。海が怖い。空も怖い。雲というものが、実に嫌だ。自分より大きく感じられるものはすべて怖い。
 春が来ると、春は実に嫌だと思う。埃っぼくて、風が吹いて、私は長髪だからしょっちゅう眼の前にこぼれてくる髪を追っぱらっていなければならない。
 桜の花がきれいだという人の気持が知れない。あんなもの (というほど軽蔑しているわけではないが)埃の色と同じではないか。
 夏は暑くてだるい。
 冬はなにをするにもおっくうで働く気がおきない。
 では秋がいいかというと、秋は秋でうすら気味がわるい。どこか不吉な臭いがする。
 四季なんてものはなければいい。しかしまた、眼のまわりの変化が何もなくて、温度も湿度も変らず、世界はこれきりということになってしまうと、息がつまってしまうかもしれない。
 どうも不平たらたらのようであるが、改まっていえばというだけの話で、ふだんは尋常な顔をして生きている。気に入らないといっても先方が相手にしないから、かえって安心して悪口がいえる。
 日本は四季というものが小ぢんまりとあって、箱庭のような風情を楽しむことができるが、外地の空を飛ぶと、自然というものが人間の都合に合わせてくれてるんじゃないということがしみじみわかる。
 空から見ると平地なんてものは実にすくない。山か砂漠か雪原で、緑はごく一部だ。
エジプトの砂漠の中にナイル河が一本通っていて、その河の両側に、帯のように緑の地帯がある。だから水が相当に吸われていて、河が流れているうちにどこかで水がなくなりそうなものだけれども、河の水の方はそ知らぬ風情で悠々と流れている。
 河を尊敬するという概念が生じるのももっともだと思うが、私ならやはり、こういうものは好きになれない。河がなければ我々の生活も成立しないということであっても、それだから憎々しい。
 私がカイロを訪れていたのは、向こうの季節感でいうと春のはじめ頃だったが、それでも日中は五十度を越していた。タクシーのクーラーが発動しない。クーラーをフル廻転させてもすぐにこわれてしまうのだという。
 それで窓をあけると、火傷をしそうな熱風が吹きこんでくる。
 もっとも、アラブの石油王たちは、こういうカイロに避暑に来ているのである。
 庶民たちは日中はみんな死んだように家の中で眠っていて、朝と夕方、わずかに働く。
そうして夜は遊ぶのである。
 遊ぶといっても、家の中から往来に出てきて、三々五々、ただ立ちつくしているだけだ。空には夕月が光り、道ばたの並木の葉に群がった鳥たちがシャーシャー鳴く。この時間は涼風が吹き、灼熱の気を払ってくれる。彼等だってたまにはハッシシパーティをやったり、地酒を呑んだりするのだろうが、何もしないで立ちつくしていたって、これはこれで快適なのだ。
 これが早春なのだから、夏はどんなだろうと思うけれども、しかしこういう自然の方がなにか納得できるものがあるな。すくなくとも、ここでは、みんなが、自然と仲よくしようなんて思ってない。なだめたりすかしたり、だましたり、しながらこすっからく生きている。
エジプトでは、だますということは悪徳ではないらしい。街の中でも小さいことで皆だましっこをやっている。だましとった方が実に誇らしげな顔をする。ちょうどマージャンで満貫をあがったときのように。
 タクシーの若い運転手と仲よくなって、毎日、ホテルの前で客待ちしている彼の事を使った。街のはずれの砂漠の中で、パンクをしてしまい、彼はいそいで別の車を探してくるからといって、どこかへ立ち去った。
 夕方近かったがまだ暑い。砂模の中でこのまま立往生ではどうなるかな、と思ったし、置いてけぼりの可能性も非常にあるような気がした。ところが二十分ほどして、別のタクシーの助手席に乗って、彼が来てくれた。
 彼はその運転手に交渉して、そこからの運賃を支払うように話をまとめ、自分は一銭もとらなかった。日本ならば、まァ普通のことかもしれないが、なにしろエジプトである。
 あとで私の同行者が、ホテルのマネジャーに彼のことを話して賞め讃えた。
 マネジャーが苦く笑って、
「―――だから、あいつは駄目なんだ」
 と吐き出すようにいったという。
 生水を呑むと下痢をするから、といわれてずっとミネラルウォーターを呑んでいた。
けれどもエジプトでもアラブでも、始終下痢をしていた。あるとき半円型のカウンターがある店で、ふと見ると、ミネラルウォーターの空瓶に水道の水を入れて持ってくるのが眼に入った。
 こういうことも含めて、どうも私は、向こうの人間の生き方の方が、本筋じゃないかと思うことがある。もっともそれが気に入るというわけではないが。



 ふと見ると、外国人に賞賛された日本人は、「エジプトの水」どころか、もっと危険な水を、コソッと、世界中にばら撒いた。
 外国人の苦笑いが目に浮かぶようだ・・・・・
 「やっぱり!」

 日本人は、我慢強く、礼儀正しく、暴動や略奪など起こさず互いに気遣い助け合う精神力をもって・・・・・
 悪いこともする、って。



 

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