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中国ツアー(一期一会)

 中国には、たくさんの遺跡がある。
何千年もの中国史を考えれば、当然かもしれない。
 また、雄大な自然がある。
こちらも、ヨーロッパの2倍ほどの領土を持つ中国とすれば、当然のことかもしれない。

 遺跡は、さすが、大陸!というような大きなものが多い。日本のように、箱細工的なものは少ない。だから、中国へ旅行いく際は、足が丈夫でないと大変苦労する。歩く箇所がたくさんあるのだ。バスの駐車場から、観光箇所の入口にたどり着くだけでも、けっこう歩いたりする。そして、中を見て歩くのも、やはり、歩かなければならない。
 以前、60歳前後のご婦人に、このように言われたことがある。
「私の夢は、ハワイに行くこと。そして、2番目は、中国へ行って、万里の長城を登ること」
私は、このご婦人にこう応えた。
「早目に中国へ行ったほうがいいと思います。ハワイは、いつでも行けるんだから」

 
 数年前、上海を中心とした5日間ほどのツアーの添乗をした。
参加者の中に、70歳代半ばを少し過ぎたぐらいのご夫婦がいた。このご夫婦の奥様が、観光地で下車する際、必ず、私に、「うちの人、中で待っているから、お願いします」というのであった。バスの中を覗くと、バスの中ごろに、ご主人が、ボーッとして、窓の外を眺めているのであった。奥様は、同年代とは思えないくらい、ハツラツと元気よく外を飛び跳ねていた。
「ほんとうに、楽しみにしてたの!アア、うれしい!」
同じ参加者のご婦人仲間を見つけたようで、その方々と常に一緒に、観光地をエンジョイしていた。その姿には、まるで、連れのご主人がいるとは思えないぐらいである。忘れ去られたようなご主人の姿に、私としては、痛々しさを覚えないわけにはいかなかった。
〈だんなに、こんな思いをさせるんだったら、連れてこなければいいのに〉
などど、私は思った。
ホテルを出発して、昼食場所以外、まったくバスから降りることのない、ご主人を不憫に思った私は、バスが、蘇州の瑠園到着したとき、ご主人に声をかけた。奥様はもうとっくに、バスから降り、仲間のご婦人と楽しそうに、園内へ入っていった。
「もし、よろしければ、少し、降りてみませんか?」
「・・・・・・足が、急に悪くなってね」
「ここは、そんなに歩かないですみますから」
「でも・・・・・・」
「ちょっと、園内を覗くだけでも、いかがですか」
「・・・・・それなら」
 私がご主人を支えながら、瑠園のなかへ案内した。庭園と池の見える場所まで連れて行った。
「アア・・・・・アア、すごいなあ・・・これが・・・これが、瑠園・・・・・」
ほんとうに、感動しているのだ。
瑠園は、確かに、世界遺産に指定されており、中国四大庭園などと称されているが、この観光地で特別に感動するような日本人に今まで出会ったことはなかった。

ryuen.gif

 バスへの帰り道で、ご主人が私に言った。
「わたしも、家内も、この旅行楽しみにしてたんですが・・・・
中国へ一度行ってみたくて・・・・
わたしの足が、思うように、ならなくなってしまって・・・・・・・・
家内には、悪いことしました。
ありがとう 」

 翌日の昼食場所でのことだった。
再び出発する時間まで、お客は、おもいおもいに買い物などしてくつろいでいた。
私は、出発前にトイレへ行っておこうと思った。すると、トイレの脇のところで、あのご主人が、奥様にこっぴどく、怒られているではないか。奥様は、口で叱りつけながら、手にハンカチらしきものを持ち、ご主人の下腹部を上下に叩いているではないか。
 「どういたしましたか?」
私は声をかけた。
すると、奥様は、「粗相(そそう)をしてしまって!」と言った。
何のことかと思って、ご婦人の持っているハンカチあたりを見ると、ご主人のグレーのズボンが、社会の窓付近から下へ、大きく水をかけられたような状態になっていた。けっこうな量である。たぶん、すべての尿が、便器ではなく、彼のズボンの部分ではじかれてしまったようである。奥様は、「こんなことして!しっかりして!」と愚痴を言いながら、必死で、湿った部分にハンカチを当てているが、ご主人の目は、宙を浮いている風である。昨日にはあまり感じなかった認知症状の気配をその目からは感じとれた。明らかに、異様な彼のズボン前面部の湿った跡を、奥様は前に立ちはだかって隠すようにバスまで連れて行った。
そのとき、奥様は、こう言った。
「日本を出るときは、もっと、しっかり、してたんだけどね。
ほんとに、こちらに、着いてから、急に、おかしくなっちゃって!
まっすぐ歩けないし・・・・粗相までして!」
 その言い方は、本当に迷惑そうに感じとれた。
せっかくの楽しみをこの人に奪われてしまった、というような。

 私は、そこまで言わなくてもいいのに、と思いながら、ハッと、あるできごとを思い出した。
それは、このツアーの初日、第1日目のことである。
日本から上海の浦東(プドン)国際空港に到着したときのことである。飛行機から降りた到着口で、人員確認をしたあと、私は、お客様を入国審査場まで誘導した。
「私のあとに、付いてきてくださ~い 」
私は、かなりゆっくりと歩いたつもりであったが、入国審査場の手前で再度、集合した際、かなり後方から、奥様に煽られ、足をひきずりながら小走りにやってくる老人がいた。老人は、息をハアハアしていた。そのとき、なんでこの1組だけこんなに遅れてしまったのだろう?という疑問と同時に、急がせてしまったようで悪いことをしてしまったなあ、と思った。
今思い起こせば、この老人こそ、粗相をしてしまったご主人ではないか!
 あのときは、スピードこそ遅かったが、まだ、しっかりと歩いていた。

 もしかしたら、あの急いだことが原因で、ご主人はこんなふうになってしまったんじゃないか。はっきりとした因果関係はないだろう。ただ、私には、そんな気がしてならないのだ。あのとき、自分だけ団体のスピードについていけないとご主人に思わせたことが、多大なプレッシャーとなってしまったのではないだろうか。無理をさせたのではないだろうか。認知症は環境が変わると起こりやすいというが、それだけが原因のはずはない。そのことに、もう一つ、何か本人の心象を左右する原因があると私は思う。それが、団体行動に付いていけないと思わせたことだったかもしれない。
 私は申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
 私は、奥様に言った。
「お役にたてることがあったら、言ってください」
 そして、その後も、できる限り、観光箇所で一緒に下車するようにした。名所が見れなくてもいい。ただ、そのへんを歩くだけでもいいだろう。ご主人の口数は、時に普通に、時にまったくなかった。認知の波が、引いたり満ちたりしているようであった。
 他のお客から見れば、私の添乗は依怙贔屓(えこひいき)に映ったかもしれない。しかし、私はそんなことは気にしない。弱者の立場にたつ依怙贔屓(えこひいき)は許されると思っている。

 老人を支えるために、その手を握った。
とても、ふくよかで、暖かい手だった。この老人の人生の鼓動をその手から感じた。
 彼は、もう二度と海外旅行をすることはないのではないか。
いや、絶対にない!と思った。最後だろう。だからこそ、後悔しないように!と思う。
 ツアー最終日、飛行機が日本の空港へ到着すると、それぞれのお客が、荷物を持ち税関へ消えて行った。
 ほとんど人のいなくなったターンテーブルで、また、あのご夫婦が、最後まで残っていた。
奥様が言った。
「待ってたんです。この人がどうしても、お礼を言いたいというもので。そして、私も」
ご主人ともう一度、手を握った。
「ありがとう・・・ありがとう・・」
「こちらこそ・・・・」

narita.jpg


 昨日、電話があった。
あの中国ツアーの奥様からであった。
あのとき以来である。
 「一ヶ月前、主人がなくなりました」とのことであった。
 「生前は、お世話になりました。
瑠園で、添乗員さんと撮った写真を、宝物のように、いつも見てたんです。」
 奥様の話だと、認知症は多少悪化していたようであるが、その写真の記憶だけは最後まで持っていたらしい。写真を見ては、幸せそうな顔ししていたとのことだった。

 私も、ご主人のふくよかで暖かな手のぬくもりは、一生忘れないだろう。
私にとって、やはり、宝物である。









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