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悲しき添乗員

昔、『悲しき鉄道員』という歌がヒットした。
ショッキングブルーの歌ったこの歌が大好きだった。
特に、no,no,no・・・・というあたり。



英語のタイトル名は、『Never Marry A Railroad Man』
直訳すれば、鉄道員とは結婚するな!という意味だろう。
歌詞を見ればわかるのだが、結婚するな!といっても、悪い奴だから結婚するなということではなく、鉄道員はいつも汽車のことを考えているので君は寂しい思いをするよ、だから愛しちゃいけないんだよ・・・・という内容だ。
鉄道員はなかなか家に帰ることができなかったのだろう。汽車や乗客の安全を守り、昼夜いとわず勤務する。仕事に誇りをもち、ある意味汽車を恋している。


失恋のひとつやふたつ、したことはある?
もしイエスなら、嘘をつかれて悲しい思いをした?
もしノーなら、君にはこの素晴らしいアドバイスが必要だ
鉄道員とは結婚するなよ
そいつは時々愛してくれるけど
心はいつも新しい列車に向いている
だめ、だめ、だめ
鉄道員に恋しちゃだめ
もしもそいつの事を忘れることが出来るなら
もっと幸せになれるさ

不安で寝れなくなった経験はある?
寂しすぎて、涙に濡れたことはある?
それなら、ひとつ教えてあげよう
だめ、だめ、だめ
鉄道員とは結婚するなよ
そいつは時々愛してくれるけど
心はいつも新しい列車に向いている
だめ、だめ、だめ
鉄道員に恋しちゃだめ
もしもそいつの事を忘れることが出来るなら
もっと幸せになれるさ
だめ、だめ、だめ
だめ、だめ、だめ
だめ、だめ、だめ



もし『悲しき添乗員』という歌があったとしたら?
『 Never Marry A tour conductor 』 という歌!

不安で寝れなくなった経験はある?
寂しすぎて、涙に濡れたことはある?
それなら、ひとつ教えてあげよう
だめ、だめ、だめ
添乗員とは結婚するなよ
そいつは時々愛してくれるけど
心はいつも新しいツアーに向いている・・・・

*まあ、こんな詩になることはありえないだろう!
そもそも、添乗員のほとんどは女性だ!
男性へのアドバイスになってしまう・・・・



タイトルから普通に考えれば・・・・・・
やはり・・・収入が不安定だから、Never Marry A tour conductor !!



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演歌の花道

日本に住んでいるアメリカ人の友人に、私はこういう質問をしたことがある。
 「日本のテレビ番組のなかで、何が一番好きですか?」

 彼は、ちょっと考えるとこのようにこたえた。
 「コマーシャル、おもしろいけど、一番好きなのは、『演歌の花道』」

 わたしは、そのときすごく驚いた。
 アメリカ人はまだ20代で、『演歌の花道』を日本で楽しみにしている層と同じようにみえなかったのだ。

 
 その後、わたしはベトナムへ行ってベトナムの音楽にはまってしまった。
 とくに、男性歌手の歌唱力に、東南アジア・ベトナムのイメージを私自身が勝手に妄想した。
 もちろん、歌詞の意味などわからない。
 発展し続ける今のベトナムとも合致しない。

 でも、そこに自分の一番好きなベトナムがあるような気がしてくる。
 
 今では、私がベトナム版『演歌の花道』を視聴している。
 
 Quang Dung・・・・最高だ!
 


 日本の『演歌の花道』は、2000年の9月をもって終了してしまった。
 当のアメリカ人は、今会っても、「ザンネン!ザンネン!!また、やらないかなあ~」という。








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福山雅治の旅

 福山雅治さんが添乗員だったらツアーもいいかもしれない。
 
人、旅に出る SWITCHインタビュー傑作選人、旅に出る SWITCHインタビュー傑作選
(2005/09/15)
新井 敏記

商品詳細を見る

著者・新井敏記
(1954(昭和29)年、茨城県生れ。日本大学芸術研究所卒。1985年に「SWITCH」を創刊。2003(平成15)年12月まで同誌編集長。2004年には「Coyote」を創刊し、編集長を務める。インタビュアー、ノンフィクションライターとしても精力的に活躍を続ける)


福山 ・・・・・・・・・・・・  長崎は山に囲まれている町で、どこまで行っても行き止まり感がありました。山を越えても道は当然続いているけれど、実感がなかった。閉ざされている世界だと思っていた。高速道路はまだありませんでした。でも、高校に入ると、道をたどっていけばどこまででも行けるのかもしれないと思い、入学してすぐに、無免許で原チャリを借りたんですよ。その時はもうこのまま、東京まで行こうかなと思いましたね。
新井 どうして東京に行こうと?
福山 コピーバンドをやっていたくらい、ザ・モッズが好きだった。森山達也さんが、「ロックをやるためには高校に行ったらいかんと思って、中学出てすぐに新宿に行った」と『エンゼル・ウィズ・スカーフェイス』に書いていたんです。で、俺も高校行かないで東京行こうかなと。本当に単純だった。
新井 それは分かるな。行ける気がするしね。
福山 行ける気がするんですよ。森山さんの本には、新宿で怖い目にあってすぐ帰ってきたと書いてあったんですけど。でも、それすらも勲章みたいに感じたんです。追い込まれてそうなったんじゃなくて、自分から選んだプチ武勇伝、そういうことに憧れてたんだと思うんですよ。
新井 それで結局、原チャリでどこまで行ったんですか。
福山 ひと山越えたぐらいの所までですよ。十キロから十五キロぐらいですかね。
新井 そこでやっぱり戻ってこようと思ったの?
福山 そうですね、行く先をあらかじめ決めていたわけじゃないんですけど、まあやっぱり怖かったんじゃないですか、無免許だしお金もない。
新井 夜だったんですか。
福山 学校が終わってから出かけたから、夕方だった。ヤマハジョグっていうバイク。誰のだったんだろう、スピードが出るやつ。
新井 その時の光景を福山さんはどのように記憶していますか。
福山 走りながら、その時初めて自由なんだと思いましたよ(笑)。俺はもう何者からも解き放たれた一本の矢だ! って。
新井 先に進む力強さと、戻ってくる断念というのは、今考えても切ないよね
福山 小さい頃から自転車で山道を釣りに行ったりしていたんです。バスで行って、帰りはヒッチハイクして戻ってきたこともあったけれど、自分の思いのままの移動手段を使って、自分の行きたいところに行くという快感は初めてだった。でも、人力でこぐ自転車には限界があるでしょう。それまでとは違っていたんです。
新井 最初の旅って、思い出せますか。
福山 父親の車に乗せられて九州を一周した時かな。でもその前に、母方のばあちゃん家にディーゼル機関車で行ったのが、ひょっとしたら最初かもしれないな。
新井 何歳ぐらいの時?

福山 小学校の中頃ぐらいだと思うんですけどね。そう言えば、さらにさかのぼると徒歩旅行というのがありました。父方のばあちゃん家は俺の家から歩いて四、五キロの所だったんですよ。そこに行ったのが、いちばん最初の旅だったんじゃないですかね。
新井 誰かに連れていかれて?
福山 いえ、一人でした。「きょうは、ばあちゃん家に行くけん」と言って出ていった。まぁ、親もうっとうしかったんじゃないですかね、「泊まりに行ってこんかね」って言われた。すごくきつい石段を登っていくんですよ。で、そしたらご褒美にと、必ずばあちゃんが三ツ矢サイダーを出してくれました。三ツ失サイダーを飲みたくて行ってたようなもんですね。ばあちゃんとじいちゃんはかわいがってくれるじゃないですか。で、一日泊まって、お小遣いもらって帰ってきました。
新井 子供の足だとけっこう時間もかかるでしょう。
福山 二時間弱かな。子供にとってばあちゃん家に遊びに行くのって、お菓子を食べにいったりお小遣いをもらいにいったりするのが目的だと思うんですけど、その途中で、「あそこの角にはすごい怖い犬がいる」とか、「あそこにはちょっとおいしい駄菓子屋さんがある」とか、さまざまな思いを巡らせますよね。子供にとっては行程全てがアトラクションみたいなもの。あそこの庭先にはビワがなってるから、もいで食べようとか。今でもたまにはその場所に行くんですよ。もうばあちゃんはそこに住んでないんですけど、なんだか懐かしくて石投を登ったりします。
新井 でも、ずいぶんと近くなっていることに気づく。
福山 めちゃめちゃ近いし、道もめちゃめちゃ狭いんですよ。
新井 だから子供の持ってる世界の広がりって、すごいなと思うんです
福山 長崎は観光地として有名ですが、丘の上までびっしり家が建っていて、小さな路地がいっぱいあって、本当に迷路みたいになってるんですよ。そういうところを歩くのがすごく楽しかったですね。途中で行き止まりになってしまうような路地もいい。
新井 その路地の感覚というのは、ある種見知らぬ町に行く感覚と同じだよね。写真家の荒木経惟は「路地は産道である」と言っていたけれど、思わず引き込まれる感覚が路地にはあるね。
福山 そうですね、路地をいっぱい歩いている人は、知らない町に行った時に、その町を把握する能力が高いと思うんです。町がどのように成立してどうなっているのか、すぐに把握できるんですよ。俺も旅に出た時には、車でも徒歩でもなんでもいいんですけど、まず町を一周してみるんです。で、このストリートは食、ここはショッピング街、ここは住宅街、ここは危ない所というふうに具体的に把握していくんです。そのあとで、ゆっくり自分の気に入った場所を見つけていく。
新井 歩く、見る、聞く、嗅ぐ。より深くその土地を知るための最上の方法だよね。
福山 そうですね。どんな町にも生活の道がある。子供から大人まで、その道を通って学校に行き、会社に行く。その路地には、家庭の匂いが必ず立ちのぼっている。台所の換気扇からは料理の香りが、時には開け放した窓から衣替えの防虫剤の匂いが漂うこともあるかもしれない。



 ルソーもニーチェも小田実も、ものごとを考えるには旅することがいいと言っていたが、福山雅治の歌声も小さな旅が育てたのかもしれない。
 ただ、今の若者たちにはこういう記憶をたどれる人は少ないのではないだろうか?

 社会に管理されすぎてしまったせいだろうか?
 それとも、深く考えることはネガティブなことで得しないと思っているのだろうか?
 それとも、ゲーム、パソコン、携帯・・・と、思考がビジュアル化してしまったせいだろうか?

 まあ、ショッピングとグルメのツアーでは、あまり深く考えないほうがいいのかもしれない。


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高速列車と夜行列車

    
 中国の高速列車が追突した。多くの死傷者が出てしまった。
 中国を含めた世界中のマスコミが「中国政府の隠蔽体質」を非難した。とくに日本の報道は、「それみたことか!」といわんばかりに中国敵対感をあおり、被害者の映像を「仮想敵国・中国!」の宣伝に利用しているように思えた。

 ただ、以前の中国ならこのような事件が大きく騒がれることはなかったのだろうなあ~とは思う。
 情報を統制している国家では、真実が広く公に報道されることはなかった。最後まで事実はわからずじまいということが多かったのではないか。中国政府の言ったことが嘘か誠かわからないが、それ以外の情報がないからそれを信じて納得するしか道がなかっただろう。
*上海列車事故

 それが今は、中国もグローバル化世界の一員となったせいで、情報統制が昔のようにうまくいかなくなってしまった。近代化と自由化は切っても切れない関係なのだろう。情報統制して近代化することはもう不可能なのだろう。
 その象徴的な事件が、今回の高速列車の事故だったのではないだろうか?
 高速列車は近代化の象徴だ!

 それにしても、テレビ画面に映し出されるデコボコに破壊された列車をみていると、なにか別の次元の映像のように思えてくる。まるで、ウルトラシリーズの特撮の列車でも見ているようだ。
 世界中すべての高速列車は、同じ空気をかもし出す。生活感がないのだ。とくに、停車する駅の無機質感は何なんだろうか?
 淡白な景色、雑音はない、無味無臭・・・・・

 「旅」では、利用したくない乗り物ではないか?
 やはり、生活感のある普通の列車がいい。
 それが寝台列車ならなおさらいいが、日本で普通の寝台列車を利用するのは不可能になりつつある。
 先進国ならどこも似たり寄ったりである。
 できたら、早めに、寝台列車の利用をお勧めしたい。

 下記で、歌手であり俳優でもある福山雅治さんが、停車駅からなかなか出発しない列車の窓からキョロキョロと夜露のプラットフォームを見回した様子が目に浮かぶようである。きっとそれは誰もが経験したできごとだからではないか・・・・


人、旅に出る SWITCHインタビュー傑作選人、旅に出る SWITCHインタビュー傑作選
(2005/09/15)
新井 敏記

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著者・新井敏記
(1954(昭和29)年、茨城県生れ。日本大学芸術研究所卒。1985年に「SWITCH」を創刊。2003(平成15)年12月まで同誌編集長。2004年には「Coyote」を創刊し、編集長を務める。インタビュアー、ノンフィクションライターとしても精力的に活躍を続ける)

  夜行列車の旅

新井 旅の記憶を話してください。
福山 そう言われるといくつもありますね。すぐに思い出すのは長崎から上京した時かな。長崎から東京までの一三〇〇キロの列車の旅が印象に残っています。日本の国土全体の半分の距離を移動したわけですから。十八歳の時でした。高校を卒業して地元の電機会社に営業マンとして就職したんですが、東京に出たくて結局4ヶ月で辞めてしまった。
新井 列車ですか?
福山 寝台車です。寝台車には特別な思いがありますね。当時の俺には、長距離の移動手段は寝台車しか思い浮かびませんでしたから。長崎東京間の飛行機の路線はもちろんありましたけれど、乗ったことはなかったし、チケットもどうやってとったらいいか分からなかったですしね。まあ、寝台車の切符だったら駅に行けば買える(笑)。
 高校の修学旅行は“つくば万博″でした。あれも夜行列車だったなあ。車両の床にゴザ敷いて寝てるっていう修学旅行。
新井 へえ。東京まで何時間ぐらい?
福山 十九時間。したことないけど疎開っぼいなあって。
新井 飛行機でわずか一時間半で行くよりは、旅をしている感じがするよね。
福山 いやぁ、メチャメチャあります。初めて聞くような名前の駅に夜中にポイッと停まる。他の列車との待ち合わせのためだったのでしょうね。停まって何やってんだろう、誰も乗ってこないのに、と不思議だった。『銀河鉄道の夜』や『銀河鉄道999』のイメージを抱きながら、俺は今どこにいて、これからどこに行くんだろう、なんて思っていた。たぶんその光景に思い入れがあって、東京に出る時も寝台車を選んだんでしょうね。
新井 それって長崎を何時ぐらいに出たんですか?
福山 たしか夕方でした。
新井 暮れなずむ感じだよね。
福山 そうです。季節は九月でした。いざ列車に乗ると、俺のばあちゃん家が途中の駅にあって通い慣れた路線なんですよ。でもその先、どんどん自分の知らない町に行きますよね。未知なる駅、未知なる町、未知なる風景なんです。
新井 その列車はまだ走ってますか。
福山 今年の春かな、廃止になったとニュースでやってました。『寝台特急さくら』っていう列車なんですよ。

・・・・・・
・・・・・・







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会いたかった!

  昨夜NHKでAKB48を放映していた。


 このAKB48というアイドルグループをこの前まで実は知らなかった。
いや、どこかで見ていたんだと思うが、それがAKB48ということを知らなかった。

 あれは、先月11月の3日だった。ちょうど祭日で天気は快晴!えらく寒かった。この天気と寒さなら、景色がよく見えるだろうなあ!と思い、東京タワーまで行くことにした。
 途中、寄り道したり、増上寺で参拝などしていたので、東京タワーに着いたのは、午後3時半頃になってしまった。
 えらく混んでいた。
 入口の列の最後尾に並び、前のアンチャンのあとに続いて進んでいたら、いつの間にか、すごい数のアンチャンたちの人波に埋没していた。
 あれー?と思ったとき、やっと自分が東京タワーの入場口ではないところに並んでいたことに気づいた。
 見回すと、かなり遠方に建物内に入っていく人波があったので、たぶん、私は一列ずれて並んでいたようだ。
 どうしようか?戻るか?と思ったが、もう身動きできそうもなかったので、まあこっちでもいいか・・・とその場にたたずむことにした。
 前方には、野外ステージがあった。
 「このあと、ここでショーが催されるのだなあ・・・・」と思ったが、東京タワーでショーといえば、やっぱりアニメの着ぐるみショー!しかないだろう!祭日の東京タワーなら家族連れが多いだろうから。
 ただ、私のまわりはアンチャンばかり!それも、秋元康によく似たタイプばっかり!秋元康を幼くして伸ばしたりつぶしたりしたようなアンチャンたちが、寒さにもめげず、物静かに貝のようにジッとしている。
 とても、「何のショー?」と聞ける雰囲気ではなかった。
 それにしても、寒かった!
 あまりの寒さで、膀胱がパンパンになって、もうこれ以上は無理かもしれない!と思ったときだった。

 司会者がステージに登場した。
 そして、司会者が何か叫んだ。
 何ていったのか?よくわかんなかったが、私のまわりの物静かな貝のようなアンチャンたちが突然、司会者の叫びに大声で一気に呼応し始めたのだ!しかも、手を天に突き上げて、今までと違うキラキラとした瞳で猛烈に叫んでいるのだ。
 私は、ほんとにビックリしたのだ!
 
 司会者の「AKB48!チームK!」の合図とともに、アンチャンたちの興奮は最高潮となった!
何言ってんだかわからなかったが、私も「ワーッ!」と叫んで、手を突き上げていた!
 そして、ステージに、かわいいコスチュームに包まれた女の子たちが、ノリのいい音楽とともに、さっそうと登場したのだ!
 


  となりのアンチャンは、歌の合間に合いの手のような叫び!を発するのだが、私には何と言っているのかわからないのが口惜しかった。
 いつの間には、寒さは感じなくなっていた。
 ステージの女の子たちの香立つ動きにいつの間にか妄想!いや瞑想の世界へ入っていった・・・・


 昨夜のNHKでは、AKB48の生みの親である秋元康氏がゲストとして登場していた。
秋元氏は、AKB48のコンテンツで世界戦略を練っているらしい。アイドル・AKB48のコンテンツをフォーマットとして世界の芸能マーケットで販売しようとしている。ヨーロッパのプローモーションには秋元氏自身が出向き説明していたが、いまいちヨーロッパのプロのプロデューサーたちの評判はよくなかった。プロの方々は、AKB48でどのようにビジネスモデルを立てていったらいいのかがとく理解できないようだった。
  
 秋元氏は、番組の最後で次のようなことをいっていた。
「プロがよくわからないことがいいのかもしれない。プロの方々が納得するようだと今までと同じことになってしまう。だから、プロが戸惑うほど可能性があると思う」
 
 これは、どうだろう?
旅行業界にも言えないだろうか?



 AKB48!は、紅白歌合戦に出場するらしい。
秋元氏は『会いに行けるアイドル』をコンセプトにしている。
秋元氏の戦略に私はうまく引っかかったようだ。
テレビでは、あの香立つ!空間は感じ得ないだろう!
秋葉原へライブ!を見に行こうかと最近は思うようになった。

そうだ!東京タワーに登るのをすっかり忘れていた!!



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