Home *  * All archives

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
tb: -- |  cm: --
go page top

中国人の爆買い!

中国人の爆買い!
爆買い!という言葉、初めて聞いたが・・・
(日本人のとき、なぜこの言葉を使わなかったのだろうか)

あれだけ働き者の中国人も旧正月だけは必ず休みをとる。
そして、家族や親族と一緒に過ごす。
旧正月に中国圏を訪れると、大人数でレストランの円卓をにぎわす姿をよくみかける。
一年一回の贅沢とばかり、溢れんばかりの料理が運ばれてきて平気で残す!たくさん残すことが贅沢だといわんばかりに。

お金持ちになった中国。
海外旅行へ行けるまで贅沢になった。
だから、春節の休みに世界中で贅沢をすることが今の中国のトレンドになった。
旅行が好きで旅行をするというより、贅沢がしたくて旅行をしているという風に・・・

日本のテレビで中国人の爆買いをみていると・・・
このようなものは、中国でも輸入しているんじゃないか?とか、インターネットで買ったほうがいいのではないか?とか、無理して重いおもいをして持って帰らなくても・・・・と感じてしまうのだが、あれも、贅沢がしたくて旅行をしている所以だろう。

この光景は、たぶん、世界中で繰り広げられていたはずだ。
旧正月、中国人の一番の渡航先は、韓国だ。そして、タイ、日本・・・と続く。
韓国でもタイでもヨーロッパでも、同じように爆買い!をしていたのだろう。

どの国も日本同様、中国人観光客の爆買いに喜んだはずだ。
デパートやブランド店など売上げが普段の何倍となり、中国人観光客による経済効果は○○億となると、マスコミは書き立てたはずだ。
日本のマスコミも、中国人観光客のマナーが悪いだとか、普段は反中、嫌中を煽る記事を好んでピックアップするがこの時期はとても静かだ。

この光景をちょっと俯瞰してみれば、日本では中国人がたくさん買い物してくれたおかげで売上げが伸びた!ということになるだろうが、他の国々では、この中国人観光客と日本人観光客が遭遇する!
多少モラルが悪かろうが、お金を落とす中国人観光客を日本人観光客より優遇するのは至極当然だ。
資本主義とは冷たいものだ。
以前は、日本人に穏やかなスマイルでもってお出迎えしてくれた現地の人たちが、そのお相手を中国人にすり替えた。
その微妙な感情の起伏を我々は感じ取る。
やはり、ちょっと、さびしい。

いや・・・・
日本でも中国人観光客と日本人観光客は遭遇しているのではないか?
そして、もう上記のような、さびしさを日本人は味わっているのでは?
いや・・・・
海外では、さびしさ、程度で済むが、日本では、さびしさ、で済まないのではないだろうか?





スポンサーサイト
tb: 0 |  cm: 0
go page top

世界中、「注意喚起」だらけ!

イスラム国で日本人2人が殺害されたことにより、日本人もテロリストのターゲットになりうることを教えられた。
以前から無差別テロは、あちこちで起きていた。だが、これから日本人があきらかな対象となるということだ。

旅行会社にとっては頭が痛いだろう。
急激な円安でなかなか売上げが伸びない中、燃油サーチャージが引き下げられ喜んでいたのだ。
それなのに、「日本人をターゲットにする」というイスラム国の呼びかけが報道されたことにより、「自分たちは関係ない」と思えなくなってしまった。

とくに、秘境に特化した旅行会社は大変ではないか。
中近東、北アフリカはダメだ。
西アフリカ、ケニアなどもダメだ。野生動物以上に恐ろしいテロリストが右往左往している。
外務省は注意喚起している。
インド、ネパールあたりも、ダメだ。2008年、ムンバイのホテルで起きたテロ事件は日本人2人を含む165人が死んだ。事件は大々的に報道されたが、その後もデリーを含むインド全土でテロは起きている。
そのうえインドでは、2012年に女性への性的暴行事件まで起きて、危険度が上乗せされた。
今年の2月、20歳の日本人女性がインドの有名観光地ジャイプールで性的暴行をされた事件は記憶に新しい。
その他、ウズベキスタン、カザフスタンなど中央アジアからロシアまで注意喚起が発令されているし、東南アジアだって、カンボジア、インドネシア、フィリピン、タイのバンコクと・・注意喚起が続いている。
メキシコなど中米やペルーを含む南アメリカだってきな臭い。
わが国の外務省は、どんなときだって、アメリカ、と西欧に、危険情報は出さないことになっているようなので、海外安全HPは無印にいつもなっているが、それらはイスラム国を含む過激派の一番の対象国なのだから、危険のないはずはない。アメリカ、、フランス、デンマーク、オーストラリアと無差別テロはこの1年だけでも起きている。
イスラム国は、フランスの同調者にテロ実行を呼びかけている。

こうみていくと、秘境に強い旅行会社だけでなく、すべての旅行会社にとって受難なときだ。
ツアーだからといって、フリーな旅行者より「安全」ということはないだろう。
ツアーだから目立つということだってある。
過去に、ツアー(バス)だから狙われる事件だってたくさん起きている。
(バスのヨコ腹に、旅行会社名!がデカデカと書いてあるのは危険だ!)

世界が近いっていうのも、良かれ悪しかれだ。
世界中の危険情報が一瞬にして世界を駆け巡ってしまう。
保険会社ではないが、不安をあおる材料にことかかない。
昔の旅行の不安は、不透明だった。なんだかよくわからないが不安だった。
今の不安は、材料を特定してしまうのだ。
不安が漠然としていたら旅行へ行けるだろうが、テロなどと特定されたら保険に入っても行けないだろう。
こうなると・・・・あれだけバカにしていたけど、
グーグルマップ!で旅行するしかないのだろうか・・・


tb: 0 |  cm: --
go page top

大前研一の原点は添乗員時代にあり



 日本添乗サービス協会のこちらのページには、「添乗員に求められる素質、能力」が書かれている。
日本添乗サービス協会だけでなく多くの添乗派遣会社の募集案内でも同様の記載がある。

 
● 社会人としての常識と礼儀作法が備わっている。
● 常に、お客様との円滑な意思疎通と信頼関係に努めることができる。
● 旅行参加者同士の仲間作りのお手伝いができる。
● 人間に対する関心が深く、他人への公平性と思いやり、気配りができる。
● リーダーシップと責任感がある。
● 海外添乗の場合は、英語など外国語の会話力がある。
● トラブルへの対応が冷静かつ的確にできる。
● 金銭管理、報告書の作成など必要な実務遂行能力がある。
● 季節、気温、時差などの変化への適応力があり健康である。
などです。



 そのとおり・・・・と私は思っていたが、大前研一氏の著書を読むと、「そうとは限らないのだ」と改めさせられた。

 大前氏は、添乗員をやる前の自分の性格を、『・・・ よく入社試験で「対人関係だけは自信があります」という輩がいるが、若い頃の私はその反対のタイプだった。言いたいことは口に出さずにはいられないし、イヤなことは徹底的にイヤ。まさに「対人関係だけはダメです」というような性格だったのだ。・・・』
 といっている。
 その性格が添乗をやることによって変わっていった!

 ということは、先入観を持ってこの人は添乗員向きかどうか判断してはいけないということだろう。
 もしかしたら、多くの添乗派遣会社が素質なし!と判断した添乗員希望者がオオバケするかもしれない!
 人は良くも悪くも変わっていくのだろう・・・

旅の極意、人生の極意旅の極意、人生の極意
(2006/07/07)
大前 研一

商品詳細を見る

大前研一の原点は添乗員時代にあり

 大学院の二年間も含めて、私は1962年から67年までの足かけ6年、添乗員の仕事をしたが、この経験から得たものは計り知れない。何より語学力が伸びた。最初は難儀したものの、さまざまな国の人々と話すうちに各国の訛りにも慣れていった。ドイツ語も、じゅうぶんコミュニケーションが取れるくらいまでには上達した。
 また、人脈も大きな宝だった。添乗員時代に担当した客は2000人にのぼるが、彼らの住所録を作って毎年クリスマスカードを出した。いまで言う“顧客管理”である。出会った時にすでに65歳を過ぎていた方ばかりだったので、その多くは亡くなってしまったが、その息子や娘夫婦たちとは、いまでもつき合いが続いているのだから、縁とは不思議なものである。
 時間の使い方も相当うまくなった。何しろどこまでもマイペースな外国人を26人(加えて56個の大きなスーツケース)も引き連れているのだ。トイレ休憩や水分補給など、全員の生理現象にも細心の注意を払いつつ(全員65歳以上なので、特に細心の注意が必要だ。しかも当時はどこも和式トイレであったので、これがまったく使えないときている)、目的地への到着時間を念頭に置き、逆算しながら行動する。これならいやでも用意周到な人間になろうというものだろう。
 こう考えていくと、大前研一の原点のすべては添乗員時代にあるといっていい。
 外国人観光客を連れて日本じゅうを走り回っている時には、自分が将来経営コンサルタントになるとは夢にも思っていなかった。
 よく入社試験で「対人関係だけは自信があります」という輩がいるが、若い頃の私はその反対のタイプだった。言いたいことは口に出さずにはいられないし、イヤなことは徹底的にイヤ。まさに「対人関係だけはダメです」というような性格だったのだ。にもかかわらず、経営コンサルタントとして何とかやってくることができたのは、ひとえに、添乗員の経験がものを言っているとしか言いようがない。この場でどう振る舞えば、相手が心を開いてくれるか、そのノウハウは、2000人の客をあいてにするうちに自然と身についていったものだ。



tb: 0 |  cm: 0
go page top

チップのはなし

 経営コンサルタントとして有名な大前研一氏は学生時代、添乗員をしていた。
 以下の大前研一氏の著書を読むとその一端がうかがえる。

旅の極意、人生の極意旅の極意、人生の極意
(2006/07/07)
大前 研一

商品詳細を見る


 いい時代だ!
 今とは違う。
 50年前・・・
 大前氏はJTBで添乗員のバイトをしていたという・・・・
 大前氏は添乗員といっているが、今でいう「通訳ガイド」だ。通訳案内士の試験に至上最年少で合格し当時はまだ珍しかった「通訳ガイド」(本人のいう添乗員)のバイトに6年間従事していたのだ。

 今は大学生を雇うことはないだろう・・・・

 大前氏はバイトでありながら、社員より高く一月20万円くらい稼いでいた!という。
 今の20万円ではない。
 1960年代、大学卒の初任給が1万5千円の頃の話である。
 20万円・・・・・現在の添乗員の平均月収と同じくらいか!しかも、うまく仕事が入った場合の!


[ 著書から抜粋]

 ・・・・一番前の座っている私は、マイクを片手に立ち上がる。みんなで旅した一週間の記憶を、もう一度思い起こさせるためである。
最初は明るく、楽しかった思い出から話し始める。客たちも嬉嬉として聞いている。だが、三宮が近づくにつれ、私はだんだん声のトーンを落としていく。「・・・しかし、悲しいことに、みなさんともそろそろお別れの時間が近づいてきました」。
 このあたりで、後方に座っている世話好きの紳士が自分のソフト帽をひっくり返す。そこへ二、三ドルを投じて隣に帽子を渡す。受け取った老婦人も、「・・・・この最良の思い出うぃ生涯忘れません」という私の言葉に深く頷きながら、そこにまた硬貨を何枚か落とす。そしてまた前の席の老夫婦に帽子を差し出す・・・。
 こうして、私が「本当に楽しい思い出をありがとうございました。あなたがたにとっても、この旅が素晴らしい思い出となることを祈るばかりです」と挨拶を終える頃には、バスも首尾よく岸壁に着いている。客は降り際に、紙幣や硬貨でいっぱいになった帽子を目の前に差し出すのだった。
 こんな添乗員生活を繰り返していたお陰で、多い月は収入が20万円を超えることもあった。そして、添乗員バイトを始めて一年もしないうちに念願のクラリネットが買え、さらに大学院に進学した頃にはブルーバードの新車まで手に入れることができた。


 大前氏が書いているように、今でも外国人は帽子を回して集まったチップをツアーリーダー(添乗員)やガイドに渡している。
 日本のツアーでもたまにバス車中でお客様が帽子を回しチップを集め現地ガイドへお礼として渡しているときがある。現地ガイドは恐縮しながらとても嬉しそうである。しかし、そのようなとき、他のお客様からクレームが寄せられる。
直接添乗員へ・・・・
またはアンケートに書かれて・・・・
「なんであんなことさせるんだ!・・・あんなものまわってくると出さざるおえないじゃないか!・・・私は聞いてない!・・・・」

 けっこう、強烈に怒っている!

 こういうことがアンケートに書かれるのだから、旅行会社からそのような行為はさせないように!添乗員は言われる。
 だから、お客様から事前に「帽子を回したい」等相談を受けた場合、「強制はさせないでください。一応、会社のほうで規定のチップ渡しておりますので」と一言いうしかない。あくまで任意で集めてください、といわなければならない。
 会社のほうで用意するチップは微々たるものなのだが、そう言うしかない。地域(ハワイなどのリゾート、アジアなど)によってチップを準備してないところもある。

 もちろん、この話は現地ガイドさんへのチップであって添乗員は関係ない。
 お客様にとって添乗員はチップの対象ですらない!
 まあそのほうが気楽でいいのだが・・・
 ただたまに・・・・

 日本人の場合、チップ(寸志)の類を最初にくださることが多い。
 先にお客様からこのようなものをいただくと、常に平等に接客しよう!としていた私自身の正義感がゆらぐのだ。
 ちょっとあのお客様に手心を加えようかと・・・・
 もしかしたらお客様もそのへんのところを少しは期待しているかもしれない?!
 当然、大手旅行会社のマニュアルには、「添乗員はそのようなものをもらってはいけません。丁重にお断りしてください」と書いてあるのだが・・・・
 

tb: 0 |  cm: 0
go page top

踊り子

 8月17日の東京新聞。彫刻家の金城実さんの記事。
 金城さんは沖縄出身で長崎の「長崎平和の母子像」の作者として有名だ。

nagasaki.jpg

 記事の内容は主に、「平和」について問い続けている金城さんの思いを尋ねている。

 ただ私は、冒頭の質問に妙に感心してしまった。

『彫刻は独学ですか。』

もちろん。銭湯がぼくの教室でした。風呂場でひげをそっていたら、血管の浮き出たようなおじいちゃんが鏡越しに偶然映って、「これは役に立つぞ」と。人間の骨格をひたすら記憶しました。銭湯に画用紙と鉛筆を持って入れませんから、頭に焼き付けて、家に帰って粘土で練習するんです。
 女性の姿は劇場で勉強しました。二十歳ほどの踊り子は若さに任せて踊るが、三十歳を超える女性は明らかに照明を意識して踊っていた。視線、観客との距離、ライトがどこに当たっているか。光と影を意識した彼女たちの姿こそ、私の彫刻の手本でした。苦しいか悲しいか、怒りがあるのか。感情を自分の彫刻の中に納めていく。美しい作品なんて求めていない。歴史を生きてきた人間を彫刻の中にどう描ききれるかです。


 スペインでフラメンコ、トルコでベリーダンスをたくさん見た。
ダンススクールの生徒からかなり歳往ったご婦人ダンサーまで。

bellydancer1.jpg
 夜の11時頃、新米の踊り子から始まって、朝方4時頃にすごい人が出てくる!

 若い娘はそれなりに綺麗であっさりとしていて良いんだけど、「オオーッ!」と引き込まれるのはやはり年増の踊り子!だ。
 あの表情・・・たるんで波打つ腹!
 めくれあがる衣装から飛び出す丸太のような太もも!
 くっきりと浮かび上がるヒラメ筋!


bellydancer3.jpg

 あのときの妙な陶酔感は・・・・・
 眠さと酒のせい? または自分の趣味?とおもっていたが・・・・
 年輪を重ねた踊り子たちがつくり出す光と影のなせる業だったのか!!

bellydancer2.jpg

 
tb: 0 |  cm: 0
go page top

新着記事+関連エントリー

カレンダー

カテゴリ

最新コメント

プロフィール

ブログ翻訳

旅行業の本

添乗に役立つ本

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。