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聖テレジアの法悦

 前回『法悦』という言葉を覚えたことを書いたら、友人が、イタリアのローマにある『聖テレジアの法悦』について教えてくれた。
 ローマのサンタ・マリア・デッラ・ヴィットーリア教会コルナロ礼拝堂の壁面には、17世紀中期の彫刻家ベルニーニが製作したこの『聖テレジアの法悦』という彫刻が設置されているらしい。

estasi_di_santa_teresa_1647.jpg

 ローマにはツアーでも個人的にも何度か訪問しているが、こういう作品があることは知らなかった。
 聖テレジアの法悦・・・・・・・・
 Wikipediaでちょっと見てみると、
 聖テレジアとは、16世紀生まれの大変高名な修道女で自叙伝を発表している。その自叙伝のなかの一説を彫刻にしたのがベルニーニの『聖テレジアの法悦』ということらしい。聖テレジアの神秘体験・・・

私は黄金の槍を手にする天使の姿を見た。穂先が燃えているように見えるその槍は私の胸元を狙っており、次の瞬間槍が私の身体を貫き通したかのようだった。天使が槍を引き抜いた、あるいは引き抜いたかのように感じられたときに、私は神の大いなる愛による激しい炎に包まれた。私の苦痛はこの上もなく、その場にうずくまってうめき声を上げるほどだった。この苦痛は耐えがたかったが、それ以上に甘美感のほうが勝っており、止めて欲しいとは思わなかった。私の魂はまさしく神そのもので満たされていたからである。感じている苦痛は肉体的なものではなく精神的なものだった。愛情にあふれた愛撫はとても心地よく、そのときの私の魂はまさしく神とともにあった。この素晴らしい体験をもたらしてくれた神の恩寵に対して、私はひざまずいて祈りを捧げた。


 その後、フロイトやラカンなどの精神分析学が19世紀終盤から生じると、聖テレジアの『法悦』は、欲求不満からくる『性的絶頂』と考えられるという解釈が付け加えられた。

フランスの精神分析家ジャック・ラカンが女性の性的絶頂の説明のなかで「ローマにあるベルニーニの彫刻を見に行くだけでいい。誰が見てもすぐに彼女(テレジア)がその瞬間を迎えていることが分かる。疑問の余地は全くない・・・・



 こういう話を読んで、私は不謹慎なことが頭に浮かんだ。
 ということは、私がヨーロッパの教会でときどき感じるあの感覚・・・・『法悦=エクスタシー』は、女性のあのときの絶頂感と同じだったのか?

 男性の絶頂感とは違うことは確かだ。
 ・・・・・・・・・・・・・

 女性が男性より強いはずだと思った
 ・・・・・・・
 


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ファグス靴工場

第35回世界遺産委員会が先月パリで開かれた。
新たに、25件の世界遺産が生まれた。

日本の小笠原と平泉が、世界遺産に登録され、新聞やテレビでも騒がれていた。
登録されて良かったのかどうか、私にはわからないが、テレビに映し出される人たちはみな、「良かった!」という感想をもらしていた。

今回、世界遺産に登録されたものは全部で25件であったが、日本の2件をのぞいて、日本で報道されることはほとんどなかった。だから、残りの23件を知っている人はまずいないだろう。1件!言える人もいないのではないであろうか?

*世界遺産・New Inscribed Properties - 2011
*http://worldheritageps.client.jp/new-worldheritage/2011.html

この新規登録の世界遺産のなかで、変わったモノがひとつある。

Fagus-Factory1.jpg

*Fagus Factory in Alfeld(ファグス靴工場 ドイツ)

ほかのモノは、『遺跡』という言葉がしっくりとくるのだが、これは「世界遺産」と呼ぶほど価値?があるのか?と、考えてしまう。
建築家から見れば価値ある建物といわれるのはわかるが、私が抱く「世界遺産」という呼称は、都道府県の文化財の上の国の文化財の上の国宝の・・・・その上の・・・・・・と思っていただけに、これが?
日本中にある明治時代に建てられた尋常小学校と同じではないか?
(個人的には平泉よりこちらのほうが好きだ)

世界遺産はヨーロッパ偏向といわれるが、これもその一例だろうか?
しかし、やはり、世界遺産に登録されたとなると、日本からもここを組み込むツアーが作られるのだろう。
今までは、まずこの「ファグス靴工場」のあるAlfeldを訪れるツアーは皆無だった。

ただ、ドイツのAlfeld(アールフェルト)という町、どこにあるのか?

www.fagus-gropius.com/
*マップ

地図でみると、ドイツの中北部?ハノーヴァーの下のほうであろうか?
似た地名にAlsfeldというところがあるが、こちらは、メルヘン街道沿いの「赤ずきんちゃん」で有名な街だ。
今までは、断然こちらのほうが日本では有名だったが、これからはAlfeldも負けず劣らず、世界遺産の町として知られるようになるだろう。

Alfeldもメルヘン街道のハーメルンに近いようだが、街道でいえば、『ドイツ並木街道Deutsche Alleenstraße』のほうにより近いようだ。ただ、ドイツ並木街道?って聞いたことがないが・・・・
*ドイツ並木街道

Karte_Deutsche_Alleenstraszlig;

上記ニーダーザクセン・ルートが一番、Alfeldに接近するが、この街道沿いは、なかなか風光明媚で心地よい遺跡がちりばめられているようだ。

Deutsch34.jpg

この縦断ルート!一度は行ってみたいものだ。

ちゃんと現地ガイドをつけてもらって!





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トルコの観光

東京外語大の運営サイトに記載されていた記事。
*トルコの観光政策に関する問題点(Radikal紙)
2006年07月13日付 Radikal紙


2006年、トルコ人専門家による観光分析だ。
日本人からみたら、世界の観光客があれだけ押し寄せて観光産業がうるおっているように感じるトルコでも、地元ではいろいろと悩みがあることがわかる。

私が気づいたことは・・・・・・

3.観光シーズン、商品、旅行目的の多様化

トルコは多くの発展途上国でみられるように沿岸都市に集中するマス・ツーリズムに重点が置かれている。そのため夏季の海辺リゾートしか市場に提供されていない状況だ。つまりトルコに来ようと考える観光客がまず目にするのは、夏季に沿岸都市部を訪れるパック・ツアーなのだ。観光業者の側も、安価なパック・ツアーというアプローチに変化を加えたり、または発展させたりといった選択肢を提供していない。このようなスタンダード観光的な考え方は、さまざまな点から行き詰まりを見せている。・・・・

トルコ観光といえば、日本人にとってトルコ周遊がお決まりコースである。しかし、世界全体からみれば、観光重点市域は、地中海沿岸部分のヨットハーバーがあるチェシュメ、ボドルム、アンタルヤなどをさすのであろう。夏は欧米観光客で賑わうこの地域を、ほとんどの日本人はまったく知らないのではないだろうか?




4.トルコの世界観光における位置付け

 世界観光におけるトルコの位置づけを考える際、先進国と発展途上国、それぞれと比較してみると別々の2つの視点がでてくる。先進国との関係を見てみると、トルコはどれ程観光に投資をしたとしても、トルコに来る観光客の流れは先進国のツアーオペレーターによって組織されている。そのため料金、プロモーションなど類似するマーケティング戦略は、このツアーオペレーターの目的に左右される。トルコ観光は他の後進国と同様に、外国人ツアーオペレーターの慈悲に頼っているのである。この結果、観光用語でリーケージといわれる、観光収入が外資系企業をとおして外国へ持っていかれるという問題がでてくる。この意味で、ツアーオペレーターの力は単に観光客が行く場所を決定する以上に、観光収入の分け方も前もって決めることになる。・・・・

ここでいうツアーオペレーターとは、日本でいう大手旅行会社であろう。欧米の大手旅行会社がトルコ観光の主導権を持ち、利益を持ち去ってしまうということだろう。日本は、欧米と違って現地手配会社をとおしてツアーを決めているので、利益をすべて日本へ持ち逃げしやしないと思うが、現地の末端の旅行従事者がかなりの薄給しかもらえないことは確かだろう。でなけりゃ、あんな格安ツアーは生まれない。




 まとめると、トルコが今日までとってきた観光政策は全体的に一貫性があり、我が国の開発目標に十分応えているといえる。しかしこの開発目標は同時に、観光資源の利用という点でも、また世界観光市場でのトルコの生き残りという点でも、大きな代償をもたらしている。
このため、世界の観光市場でトルコよりも早くに高みにのぼりつめた発展途上国を例にとって、一連の戦略が練られるべきであり、間違った戦略は改められる必要がある。例えばスペインとギリシャは観光資源の利用やマス・ツーリズムの発達という点で、見習うべき例である。・・・・・・・

この記事は、2006年である。スペインとギリシャを見習う?
観光を重点にしてきた両国は、今、ジリ貧である。ギリシャは明日を知れない命である。スペインだって多くの失業者であふれている。トルコはたぶん、やはりトルコ人らしくあまり見習わなかったのだろう。この2カ国に比べれば、景気はいいのではないだろうか。





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今度はイタリア抜きでやろう!

 「ドイツ人は日本人に三国同盟以来親近感を持っていて、『今度はイタリア抜きでやろう!』と一杯おごってくるんだって!」
 という話を、お客様からよくきく。
 また、何かの本に書いてあるのを目にしたこともある。

 ただ、わたしは、ドイツ人からそういわれたことはない。
 逆に、日本人がドイツ人にそう話しているのを聞いたことはある。
 日本の著名人が本にでも書いたことが一人歩きして、いつのまにか、日本人そのものがすすんでドイツ人への親近感にその話題を利用しているように感じる。

 たしかに、ドイツ人と日本人は似ているところがある。
 とくに、ビールの飲み方がそっくりである。
 それに比べると、イタリア人は、酒の飲み方も漂う雰囲気も違う。
 だから、上記のようなことを言われても、イタリア人は「ヒガミだろう!」とまったく気にしないと思うが、私としては、こういう陰口というのか「仲間はずれ」的言い方が好きではないので、イタリア人にとって、そのようなことをいわれる筋合いはない!という理由をみつけようと思った。

 そして下記の文章を発見した。

 イタリア人からしたら、ああいう「赤信号、みんなで渡れば恐くない!」的国家と同盟を結んだことが失敗だったと思っているのではないか?
 赤だろうと青だろうとみんなで渡るのが嫌いなんだから!


大東亜戦争、こうすれば勝てた (講談社プラスアルファ文庫)大東亜戦争、こうすれば勝てた (講談社プラスアルファ文庫)
(2000/11)
小室 直樹、日下 公人 他

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 イタリアと日本の違い
 小室 もうひとつ残念に思うのは、イタリアは高速水上機の開発で世界一だったんですから、それを持ってきて改造すればよかった。日本はイタリアをバカにして「腰抜けだ」と言うけれども、イタリアにもいいところがあるんですね。
 日下 「シュナイダーカップ」のレーサーですね。あの水上機は時速七百九キロを出したが、実用性がありません。水冷エンジンの二連直列配置に反転プロペラで十分間全力運転したらそれで終わりでした。むしろ、イタリアは実用機にはならなかったけれども、ドイツと並んで初めてジェット機を作っていますね。
 小室 日本とヨーロッパの連絡飛行に成功したのも、イタリアでしょう。日本は失敗した。
 日下 確かにイタリアという国はおもしろい国で、いまでもF1レースなんかでレーサーは命がけで走る。 
 小室 個人としては勇気があるけれども、戦争に弱い。団体では働かない。個人プレイですね。日欧連絡飛行の飛行機が日本に来たとき、そのイタリア人の飛行士が「歓迎が足りない」って、ものすごく怒ったらしいですね。「史上初の壮挙なのに、どういうことなんだ」って。
 でも、国のためというよりも、彼女のため、自分の名誉のために飛んできたという感じでしょう。日本のA26は「国のため」なんて野暮ったいことを言っているから失敗するんです (笑)。

 日下 A26は「栄」系列の千馬力×二の双発でそんな大きな飛行機じゃないのに、七人も乗った。朝日新聞社から長友主操縦士、川崎副操縦士、塚越・永田南機関士と川島通信土の五人に加えて、参謀本部の西義章大佐と香取孝輔中佐が乗ったのはあまりにも官僚主義である。大西洋を一人で飛んだリンドバーグのほうが飛行の本質をよく知っていた。なんでも人がたくさんいれば心強いというのは日本軍の病気で、結局日本人は個人としては平和愛好なんですね。そこで集団主義になる。一人で戦争するのはこわい……とか。一緒になら死ねる・・・・とか。
 小室 日本は飛行機のほかにもいろんな特攻をやったのに、その割には戦果が少なかったでしょう。ところが、イタリアは個人が爆薬を背負って戦艦を大破させるなんてことをやっている。アレキサンドリアでイギリス戦艦「クィーン・エリザベス」を大破させているでしょう。                          
 日下 そう。あれがアクアラングのはじまりでしょう。
 小室 だから、日本は勇ましくて、イタリアは腰抜けというけれど、こういう事例で日本とドイツとイタリアを比べてみたらおもしろいですな。






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リヒテンシュタイン

 ヨーロッパツアーで、スイス===オーストリア、ドイツ間をバスで抜けるとき、わざわざリヒテンシュタインというライン川沿いの小国を訪れることがある。
 訪れるといっても、バス移動の休憩として首都のファドゥーツにショートストップするのである。

 ゆっくり散策でもすればとてもよい観光地なのだろうが、ツアーでは、とくに何も見るものがないので説明に窮する。
 丘の上の宮殿か・・・有名な切手か・・・・

 だから、こんな小さくてもりっぱな独立国家です、ということを強調することになる。
 すると、お客様は、一カ国、自分の訪問国が追加されたように喜ぶ。
 
 私としては、リヒテンシュタイン国設立の経緯などとよむと、独立国家といっても日本人の抱くイメージとはちょっと違うのではないかといつも疑問に思っていた。
 リヒテンシュタインの王様は、オーストリア・ハプスブルグ家の家臣である。

 また、グリム童話によくある話・・・「白雪姫」のようなストーリーで出てくる王子様が、日本で想像する皇太子とはかなり違うのではないか?と思っていた。

下記を読んでよくわかった。
 


大東亜戦争、こうすれば勝てた (講談社プラスアルファ文庫)より
小室 直樹、日下 公人 著

 天皇、皇帝、王のランク

 小室 さっきの戦争設計の延長で、国家設計ということを言いたいんですが、たとえば「ザ・ブリティッシュ・エンパイア」という言葉をどう英訳するか。それは難しいんです。「大英帝国」と言うかもしれないけれど、それは大誤訳。「大英帝国」は「ブリティッシュ・カマンウエルス」です。じやあ「ザ・ブリティッシュ・エンパイア」とは何か。強いて言えば「インド帝国」なんですね。
 インドというのは、中国や日本みたいに大統一したことがない。藩王(マハラジャ)が治める国がたくさんあるという状態です。たとえば、ムガール帝国の場合、バーブルというのはモンゴル人でしょう。モンゴル人がやってきて藩王を征服して、自分が皇帝になって藩王を平の王様として扱うわけです。征服されても藩王はちゃんといて、帝国の領土は皇帝の直轄地と藩王の領地という構成なんですね。これが「ムガール・エンパイア」です。
 イギリスも同じなんですよ。グレート・ブリテンのキングが、インド帝国のエンペラーを兼任した。これ「ザ・ブリティッシュ・エンパイア」です。
 日下 最後のインド皇帝は借金漬けになって、一八五七年「この王冠を買ってくれ」と言った。それをイギリスが買って、ビクトリア女王がインド皇帝を兼任することになった。だから、政治学的に説明すれば、インド帝国はずっと存在していて、植民地として支配されたということにはならないわけですね。
 小室 だから、ニューデリー裁判のときも、チャンドラ・ボースの武将たちは「インドはインドであって、ザ.ユナイテッド.キングダムの王はインド皇帝を兼任しているに過ぎない」というところを突く。この場合には、インド皇帝は国民に対して忠実でないから、「われわれはアピール・トゥー・ヘブンを行う」と。アピール・トゥー・ヘプン、つまり革命の原理というのは、イギリスでは一種の合法性があるわけですから、それを押し通して論理的に無罪になるわけです。
 日本だったら、「イギリスはインドを征服して、アメリカ人が黒人を奴隷にしたがごとくインド人を支配した」と、そう考えますね。実質的にはそうだったかも知れませんが、法的には違うんです。
 日下 実質的には征服しておきながら、法的な体裁を残したところがイギリスの狡猾なところだね。
 小室 そう。しかし、最後はそれを逆手に取られた。
 日本人は、そういうことが全然わかっていないでしょう。日本人は戦争設計まではあったとしても、国家設計ということが全然わからないんです。朝鮮併合なんてバカなことをしないで、ちゃんと「朝鮮王国」を残しておいたら問題はなかった。中国語では「皇帝」と「王」はランクが違うんですね。だから、「大日本帝国天皇が朝鮮王に封ずる」という形にしておけばよかったんです。
 日下 満州国のときは、多少はそれに似たことをしたわけだね。
 小室 結果としてはそうですが、そういうことをちゃんと考えてやったわけじゃないでしょう。だから、バカにされるんです。清朝最後の皇帝・溥儀を引っ張ってきたでしょう。そのときに溥儀の取り巻きは大激論をやったわけですね。「日本は溥儀を満州国の君主にするというけれども、これは王なのか皇帝なのか。もしも王だったら、命を捨ててでも溥儀王なんか認めない。刺し殺す」と、忠臣たちが言うわけです。
 日下 「格下げは受けない」ということですね。
 小室 日本は「溥儀を皇帝にする」というんですね。皇帝という称号は、天皇と対等の意味を持つんです。「本当にそんなことを認めるんだろうか」と、彼らは大論戦する。そこへ関東軍の参謀が来たんで、彼らは「溥儀は皇帝なのか王なのか」と聞いたそうですよ。そうしたら、その関東軍参謀は「お前たちはどっちがいいと思うか」と聞き返したっていうんですね。命をかけて討論していた中国人は、そりやあ呆れ返りますよ。結局、彼らは「もちろん皇帝がいい」と答え、日本は「じゃあ、そうしましょう」で終わり。最後まで皇帝と王の違いがわかっていなかったというわけです。
 日下 日本人は、何とかして中国の皇帝よりも上になろうと思って「天皇」という称号を発明したわけですね。ところが、中国人が「天皇」という字を読むと、あれは天界に王たちがいて、その上に皇帝がいる。つまり天界の皇帝という意味だと受け取るんです。だから、彼らにとって「天皇」というのは幽界の人で地上の人じゃないんです。
 小室 そんな天上の皇帝なんてナンセンスだと思っている。だから、日本も清朝が隆盛であったころは遠慮して、宣戦の大詔が何かでも大っぴらに「天皇」なんて言っていないんですね。「天皇」と言ったのはその後のことです。
 実質的には地上の皇帝ということはわかっている。それだから中国人の間では、溥儀は天皇と同格の皇帝なのか格下の王なのかということが大問題になる。ところが、日本人はそういうことが全然わかっていない。だから、インドのことにしても、インドがどういうふうな国家設計になっているかなんて全然わかっていない。
 そういう意味では、日本人の国際感覚というのは、いまでも全然進歩していないです。

 たとえば、連邦という国家設計がわかっていない。連邦国家には、連邦政府の大臣と州政府の大臣がいて、州の大臣も立派な大臣なんです。ところが、日本の政治家は県の総務部長ぐらいにしか思っていない。外交官だってそうです。だから、とんでもないトラブルが
起きる。
 それから、たとえばリヒティンシュタインの王様が来日するでしょう。そうすると、日本は「王様だ、王様だ」と扱う。でも、リヒティンシユタインの王様の称号は、「ヒルスト」なんですね。独立国の王様でも、称号の上では大したことはないんですね。というのは、「ヒルスト」というのは、ドイツ語では「ヘルツオーク」の下ですが、「ヘルツオーク」の上に「グロース・ヘルツオーク」があって、その上に「アルヒ・ヘルツオーク」がある。「ケーニッヒ」はさらにその上です。英語で言えば、モナコ王は「デューク」で、その上に「グランド・デューク」があって、さらにその上に「アーチ・デューク」があって、その上に「キング」があるんです。いまでもヨーロッパの称号というのは非常に多様で、一国の王様と言っても、それぞれに格の違いがあるんです。
 ところが、日本は独立国の王様はみんな対等に扱うから、高いものを低く見てしまったり、低いものを高く見てしまったりする。ヨーロッパ人から見れば、そういう対し方はずいぶんグロテスクで、だから、外交上のトラブルが絶えないんですね。
 日下 称号を正しく言わないと、あるいは称号の違いを正しく扱わないと、いくらいい話をしたってプイッと横を向かれちゃう
 小室 だから、戦争のときともなれば、どうしようもないことになってしまう。
 日下 韓国の新聞は天皇のことを今でも「日王」と書きますね。どうしても格下にしたいらしい。 

     上位爵位のランク
emperor    皇帝     kaiser
              
king       王      konig
               
archduke    大公    archiherzog
              
grandduke   大公    groBherzog
              
duke       公爵     herzog
              
marquis     侯爵     furst
              
earl        伯爵     graf

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