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精神の冒険

精神の冒険家

 生成の大洋の真只中において、冒険であり、渡り鳥であるわれわれは、小舟よりは大きくない島のうえにのぼり、ここでしばらくのあいだ周囲を見廻す。できる限り急いで、またもの珍しげに。なぜならば、一吹きの風もたちまちわれわれを吹き飛ばすことができるし、あるいは小島にかぶりかかる一寄せの波もたちまちわれわれを洗い去ることができ、われわれは一人残らずそこにはいなくなってしまうからである。しかし、此処、この小さな場所のうえにわれわれはほかの渡り鳥たちを見出し、また以前からいた鳥たちの声を聞く。―― そこでわれわれは、互いに悦ばしげに翼をはばたき、囀(さえず)り交わしながら、認識と推測との貴重な一瞬間を生きて、大洋そのものと少しも変わらぬほどの誇りをもって、精神のうちにおける大洋上へと冒険を求めて出て行く。(曙光)ニーチェより




 彷徨の旅人ニーチェ・・・・・
 どの小島から周囲を眺めるのかが大切ということだろうか?

若き人々への言葉 (角川文庫)若き人々への言葉 (角川文庫)
(1984/07)
ニーチェ

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誠実であれ


 ニーチェ(ツァラトゥストラ・第四部・高級人間・八) 
 
 

 誠実であれ

 君たちの能力を超えている何ものをも、決して欲するな。能力を超えて欲するような人々には、或る悪しき虚偽がある。
 そのような人々が大事を欲するならば、変なことである!なぜならば、彼らは大事に対する不信を抱かしめるものだからだ、これらの、繊細な贋金づくりや俳優たちは。---
そしてついには、自分自身に対してさえ虚偽である。彼らはやぶ睨みである、虚飾した虫食いである、彼らの装っている強がりの言葉で、看板の美徳で、安びかりのする偽りの仕事で。
 君たちはそんなところでは十分注意するがよい。・…すなわち、今日ではぼくにとって、誠実さほど、貴重で得難いものは、何もないように思われる。      
 これは今日では俗衆のものとなっているではないか。しかし俗衆は、何が偉大であるか、何が矮小であるか、何が真直ぐで誠実であるか、知ってはいないのだ。常に偽わる者は、罪とはわきまえずに歪んでいるのだ。  
                    


        
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ジョン・ラスキンの経済と自然

 
 
  『旅に出る日』岡田喜秋著 中公文庫より
 

 旅をする気持が行動に移され、今日のように普及することを戦後しばらくの間、誰が予想しただろうか。「国破れて山河あり」の実感があったと思っているうちに十年経ち、あっという間に日本の自然美は穢され、皮をひんむかれた形になってしまった。
 今から百年ちょっと前に生きていた英国の経済学者ジョン・ラスキンの言葉をおもい出す。

john_ruskin[1]

彼は経済学者というよりも、美学者、美術評論家として後世に名を残しているが、それだけに経済社会の見方が、人間的だったと言えるのである。
 彼は経済学者としては、ヒューマニズムをその底辺においてつねに主張した。資本主義経済学、功利主義に批判的だった。しかも、彼が生きていた時代は、いわゆる英国の産業革命が起った直後である。石炭という燃料が誕生し、これを利用して蒸気機関車が発明され、英国はその先駆者として名を売った。
 当時 自分の国であるイギリスで苦労の末、発明して、走らせはじめた蒸気機関車に対してこんなことを言っている。
「イングランドには、今や機関車の火のとどろきで満たされぬ静かな渓谷など、ひとつもありません。イングランドには、石炭の灰を持ち込まぬ一片の土地もありません。
 また、外国の都市で、その美しい古い街並みやしあわせな庭園に、白癩病のように巣食いひろがる新築のホテルや香水店が出来、 皆様の伸ばした足跡が残されていないところは、ひとつもありません。(中略)皆様の母国の詩人たちが、いつも敬愛してやまなかった、あのアルプスそのものをさえ、まるで皆様は、石鹸をなすった竿のように歓喜の叫ひ声をあげて、登ったり降りたりなさっています。・・・・・」
 今日、日本で、蒸気機関車を、「消えゆく郷愁の乗物」などと言って、老世代はもちろん、若い世代まで懐しがり、SLなどと称して愛惜しているが、すでにそれが出来た当時でさえ、蒸気機関車に対して、こういう批判した人がいたことを改めて考えてみてもいいのである。
 産業革命の時が、第一次公害時代だったとすれば、原子炉時代の今日は、第二次ではなく、末期的症状かもしれない。自然美の破壊についても、ラスキンはすでに攻撃的だった。
「皆様は、自然を軽蔑してこられました。フランスの革命家たちは、フランスの大聖堂を馬小屋に変えましたが、皆様は世界中の大聖堂群を競馬場にしてしまいました。娯楽についての皆様の一致した観念は、鉄道列車に乗って、聖堂の見物をして、祭壇を眺めながら、食事をなさることなのでしょう。
 皆様は、シャフハウゼンの滝に鉄橋をかけられました。ウィリアム・テル礼拝堂のわきのルツェルンの崖にも、トンネルを掘られました、ジュネーブ湖のクラーレンス側の岸を破壊されました」
 彼は若くして、美術評論家として評価されただけあって、実景の裏付けをもって、美の破壊を指摘している。これは、ふつうの美術批評とはちがう。旅をしなければ言えない。そこにラスキンの行動力と独自性があった。彼の経済理論は、同時代のリカアドやジョン・スチェアート・ミルとはちがって、人間の「富」より「生」を高く見た。人間の「生」だけが富であり、「生とは、その中に、愛のちから、歓喜のちから、讃美のちからなどすべてがあるべきだ」と彼はあえて言った。それだけに、彼の旅路での指摘は、説得力をもつ。
「これまでわたくしが人間界で目撃した光景のなかで、もっとも悲しむべきものとして二景ほどあげるなら、その一つは、シャモニーの渓谷にやってきたイギリス人の衆愚どもが、さびた曲射砲をぶっ放してよろこんでいる光景です。もうひとつは、チューリヒのブドウ園の人々が、ブドウの収穫にキリスト教徒として、感謝をあらわすために集まるのはいいが、朝から夕方まで乗馬用のピストルをぷっ放している光景です」
 彼が日本の春のお花見の「高歌放吟」と「落花狼籍」を見たら、何と言ったであろう。彼は、人間の生んだ富よりも、富を生んだ人間のあり方について、自問自答していたのである。

岡田喜秋(おかだ・きしゅう)プロフィール 大正15年(1926)東京に生まれる。旧制度松本高校文科をへて、東北大学経済学部卒。卒業期に発表した紀行文が河上徹太郎氏らに認められて以来、風土・人物観察を取り入れた独特の紀行文作家として地歩を築いた。 この間、昭和22年(1947)、日本交通公社入社。月刊「旅」編集部に属し、同34年(1959)から46年(1971)までの12年間は編集長として戦後の'旅ブーム'に先鞭を着けた。

Rheinfall.jpg
シャフハウゼン、ラインの滝と鉄橋








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ひとり



男はしばしばひとりになりたいと思う、女もひとりになりたいと思う、そしてその二人が愛しあっているときは、そういう思いをたがいに嫉妬するものだ。

『武器よさらば』ヘミングウェイ


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アヤ・ソフィアとサン・ピエトロ

『パタゴニア』『ソングライン』で有名な今は亡き旅行作家ブルース・チャトウィンが、最も敬愛した旅人はロバート・バイロンだった。
『オクシアーナへの道』
『ビザンティンの業績』

『どうして僕はこんなところに』ブルース・チャトウィンより

25歳で書いた『ビザンティンの業績』においてすでに、彼はたったの4行で西方教会と東方教会の分裂について見事に書き表している。もっったいぶった大著何冊にも勝るとも劣らぬほどである。



 アヤ・ソフィア大聖堂の存在は空気のようである。
サン・ピエトロ寺院はこちらを圧倒するほど実在的である。





一方は神の教会であり、他方は神に仕える者たちのサロンだ。
一つは現実に捧げられ、もう片方は幻想に捧げられている。






アヤ・ソフィア大聖堂は実際、大きい。
サン・ピエトロ寺院は卑しく悲しいほど小さい。






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